変わってしまったみたいで、嫌だ。













(4)













先日のあれは喧嘩、というのだろうか。
ちょっとした他愛もない話だった。
謙也を通して友達になった白石くんが『謙也な、昨日部室前で女子に告られてたで?さんも大変やなぁ』と 廊下で会った時に言ってきたので謙也に話題の一つとして話を振っただけだった。
あとはほんの少しの好奇心。
今まで謙也とはそういう話をしたことがなかった。
噂とかではよく聞いていたが、本人からは聞いたことはない。
なんでかは知らないけど、私も聞こうと思ったことはなかった。




(どんな反応すんのやろ・・・)



聞いた瞬間の謙也の行動を想像する。
きっと顔を真っ赤にして戸惑ったり焦ったりするんだろう。
謙也はこういう話は絶対に得意じゃないと思う。
そう思ったら早く話したくてしょうがなかった。



(だけど、想像してたのとは全く違う反応を、した)



その話題を出したら謙也は驚いたように目を見開いてから悲しそうに顔を歪ませ、それから静かに怒ったのだった。



(怖かった・・・本間に)



私は、あんな謙也を初めて見たわけでとても戸惑ってしまった。
喧嘩なんてそれはもうちっちゃな頃からしていたが、あんな怒り方をした謙也は初めて見た。
いつもは怒鳴りあいの喧嘩で、最終的に気持ちが落ち着いてきたらお互い笑って仲直りする。
それが幼い頃からの私達の喧嘩だった。
でも、今回のはそうではない。
キリキリと少しずつ痛んでいた胸が一気に苦しくなって、私は昨日嘘をついてまで謙也から逃げ出した。














***




(なにしとんねん、私は・・・)



昨日は授業が終わったら即家に帰ってご飯を食べてお風呂に入って寝た。
寝れば晴れると思っていたこの胸のモヤモヤは全く晴れることなく、むしろ重みを増していた。
朝からため息を漏らしつつ、学校へ行く支度を整え家を出る。
幸い、今日は謙也が部活の朝練があると言ってたので家先で会うことはなかった。
昨日の今日で一方的に気まずい気持ちがあったので、たまたま朝練があったテニス部に感謝。
だが、学校に近づくにつれ重くなる足に苦い気持ちになる。



(はぁ・・・かつてないほどに謙也に会いたないわ・・・)



小4の時にお気に入りのスカートを泥だらけにされて殴り合いの喧嘩に発展した時以上に顔を合わせたくない。
あれは私達の中で一番大きな喧嘩だと思っている。



(懐かしいわ・・・あれは容赦なく殴り合ってたなー・・・。で、最後は二人とも泥だらけになっておかんに怒られたんやっけ)



あの喧嘩は最終的に両成敗と、お互いの母に頭を叩かれた気がする。
そんなことを思い出したら、どんどんと色々な思い出が甦る。
・・・そして、数々の思い出を思い返してみても、やっぱりいつも隣には謙也がいて私達は笑いあっていた。



(せやけど・・・・・・今の私の隣には謙也がおらん)



ふと思い出した現実に、私は思わず泣きそうになった。
なんで私は一人でいるんだという疑問が浮かんでは沈む。
なんだか謙也が隣にいて笑っていてくれていた日が遙か遠くのように思えてきた。
なんで日を追うごとに謙也との距離が開いていくんだろう。
そう思ったら目頭が急に熱くなってきて、慌てて目をつぶった。
こんな道端で泣いたりしたらきっと不審者だ。
だけど一度浮かんだ思いは早々に消えてくれない。



(さみ、しいわ・・・)



謙也と一緒にいたいのに、いれない。
でも、なんで一緒にいれないのかがわからない。
それがすごく胸をしめつける。
はぁ、漏れる溜息はもう何度目だろう。






「なんや溜息ついてくっらい雰囲気やな!」






立ち止まり気持ちを落ち着かせていると、この時間にこの場所で聞くことはないだろう声が私の耳に飛び込む。
びっくりして目を開ければ、眉間に皺を寄せ私を心配そうに見つめる可愛い後輩の姿が視界に写った。



(って、なしてここに居るん?今朝練中じゃ・・・)



彼は四天宝寺中テニス部のスーパールーキーと呼ばれる遠山金太郎くんだ。
ちっちゃな身体なのにズバ抜けた身体能力を持つ男の子・・・、そうテニス部の。
テニス部はさっきも考えたように朝練中。
この子がここにいつのはとても不思議なことだ。
しかし私の疑問をよそに、金太郎くんはいつもの明るい笑顔で 「溜息ばっかついっとったら幸せが逃げるで!」と言う。
それに苦笑で返すと、突如私の右手を金太郎くんが掴む。



(・・・へ??)



何・・・?と口に出そうとした瞬間、勢いよく金太郎くんが私の手を引っ張った。
突然のことだったので転びそうになったが、そんな暇すら与えないかのごとく、私の右手を力強く掴んだまま彼は駆け出す。



(ちょ・・・!)






「っ金太郎くん!?」

「んーなんやー?」

「なんや、やないで!!ちょ、なんで走っとるん!なんで私引っ張られとるん!?」






握り返して引っ張り返して引きとめようとしても、金太郎くんはびくともしない。
私より小さい身体なのにどういうことだ・・・!
とりあえず止まってほしくて、完全に喋れなくなる前に金太郎くんに疑問を投げかけ話しかける。
だが、返ってきたのは意外な回答だった。






「謙也のとこいくんや!」

「えっ」

「今日は朝練あるから絶対コートに謙也居るで!・・・あっ、ワ、ワイはあれやねん! ちょお忘れ物を取りに行っててな!寝坊とかやねいで!!」

「いやっ、べ、つにそこは気にせぇへんが、なして謙也に・・・っ!」

「そらねーちゃんが謙也に会いたがってる思てん!」

「わたし、が・・・」

「せやで!ねーちゃんがそないな溜息つくのはっ、謙也が居らんからやろ!!」

「なっ・・・」

「謙也が居ったらねーちゃんいつも笑顔やねん!!その笑顔めっちゃ好きやからっせやからワイが謙也んとこ連れてったる!」

「っ」






息があがる。心臓が跳ね上がる。
金太郎くんの一言で胸がすごく熱くなったのがわかった。
我慢してた涙がぽろりと一粒、私の頬に伝うのがわかる。
今金太郎くんが私に背中を向けててくれて助かった・・・。



(謙也と一緒に居る私は、金太郎くんから見たらそないに笑顔なんか・・・)



謙也といる時間は全部が温かくて心地よくて、気持ちが優しくなれるから大好きだ。
謙也が笑うと私も楽しくて嬉しくて、謙也はいつだって私を笑顔にしてくれると思う。
金太郎くんの一言で、私にとって謙也がどれだけ大事な存在かを改めて認識させられる。
でも、それは『幼なじみ』としての、感情なのだろうか・・・?






「謙也な、昨日はねーちゃんと帰れへんからしょげとったん! そいで財前にめっちゃいじられとってな、さらに凹んでもうて白石が大変やったんやで!」

「えっそ、そうなんっ?ちゅ、ちゅーか、金太郎くん、もっ、わたし・・・!」

「やっぱ謙也もねーちゃんが居らんとダメやなぁ!わははっ」

「っ、そ、なんか・・・!いや、あのっ、その前に、スピードを・・・っ!」

「おー!あともうちょいやー!」






ぐんっと加速するスピード。
私の言葉なんてお構いなしに走る金太郎くんに私は息も絶え絶えだ。
思考回路がまともに機能しない。



(しゃ、しゃあないやろ・・・!私所詮帰宅部やし・・・!運動部のスピードについていくなんて無理やわっ!)



心の中で自分の怠慢をフォローしつつ、足をひたすら動かす。
今はとりあえず走ることだけに集中。
・・・謙也に、会うために。
謙也も私がいることによって笑顔になってくれるなら私は謙也の側にいたい。
金太郎くんがさっき言ってくれたことが本当なら、私は、すごく嬉しい。
謙也が隣にいてくれると笑えるように、私が隣にいて笑ってくれるのなら、






(それだけで、私は幸せや)






***



あれから数分(気分的には数十分)走ってやっとテニスコートに辿りついた・・・。
朝からテニスに励んでいる部員達がたくさんいて、もう尊敬するしかできない。
ゼーハーとうるさく息をする私とは反してけろっとしてる金太郎くんもすごいとしか言いようがない・・・。



(さ、さすがテニス部・・・!あかん、私、運動不足モロわかりや・・・)



軽く酸欠と眩暈に襲われながら一生懸命息を整える。
でもそれを待ってくれる金太郎くんではなく、また私の右手を掴んだまま進みだす。
足がふらつき倒れそうになりかけるが、金太郎くんがいまだに手を引いてくれているのでなんとか歩けた。 私より小さく年下に引っ張られて歩いている私はどんだけかっこ悪いんだろう・・・。







「あー謙也は今白石と試合中かー・・・」





しばらく金太郎くんに連れられて歩いていたら、ふと立ち止まり独り言にしては大きい声でそう呟いた。



(謙也・・・)



その名前に反応し顔をあげる。
金太郎くんの背中越しに見えたのはフェンスの向こう側、白石くんと試合している謙也の姿。
テニスをしている姿は何回も見たことあるのに、どうしてだろうか、胸が早く鼓動する。
謙也のひとつひとつの動きを私の目が捉えれば捉えるほどに、こみ上げてくるナニカ。



(こんなん・・・まるで、まるで・・・)



謙也が大好きなテニスをしてる。
その姿がかっこいいといつも思っていたけど、今はもっとそう思う。
そして、何よりも、ドキドキする。






「あっ!!試合終わったみたいやな!んっと・・・あちゃー謙也完敗やん!ダッサ!」

「金太郎くん・・・」

「お?あ、もうコートのとこ行けるさかい、謙也のとこに・・・」

「ごめん、謙也にはまだ会いたない。ちょっと・・・整理したいことあんねん」

「え、」

「ここまで連れてきてくれてありがとう、金太郎くん」

「あっ・・・」






金太郎くんの返事を聞く前に私はなるべく早足でテニスコートを離れた。
どうしようもなく、気付いてしまったら止まらない。




(私は・・・謙也が、好きや)



私は謙也を好きなのだと、自覚した。















私の気持ちは変わってしまったけど。



4.変わらないきみのまま