恋人がドSなんですが
たまたま図書室で出くわした一氏くんに開口一番に言われた言葉「あ、ドMの」だった。
一瞬、なんて言われたのかよく理解できず「は?」と聞き返すともう一度「ドM」と一言。
なんて言われたかわかったが、なんでそんなこと言われなければならないのか全く検討もつかない・・・。
というか、「ドM」に周りがざわっとどよめいたのは暫く忘れられないだろう。誤解です!
ため息が出そうになりながら、とりあえず私を指している人差し指さんをぎゅっと握って、そのまま空いている席に誘導し一緒に着席する。
一氏くんが「お前と相席とかードM移るー」とか失礼極まりないことを言ってきたので、人差し指を反らしてあげた。
「ばっ!痛いわボケ!」
「一氏くんが失礼なこと言うからや」
「真実やろ」
「ちゃいますて」
「ってドMやろ」
「ちゃいます」
「よう白石と付き合うてられるな」
「はあ・・・まあそれは確かに私も思いますけども・・・」
「ドMやろ」
「せやからちゃいます」
図書室だからあくまでも小声で肩を寄せ合いながら言い合いをしている。
一氏くんはどうしても私をドMにしたいのか、ひたすら「はドMやドM。もう俺ん中でドMキャラ」などと繰り返し言ってくるのが、もう、とてつもなく鬱陶しい。
「もう・・・何なん・・・さっきから・・・」
「何がや」
「人のことドMドMって・・・私、ドMになったつもり一つないねんけど」
「せやから言うとるやん。白石と付き合うてる時点でドMや」
「はぁ?いや、そら蔵ノ介はドSやけど、だからと言うて私はドMやないで?」
一氏くんの安直的な考えに思わずため息が出た。
いやいや、確かに蔵ノ介はドSやけどな、付き合うてる私がその反対のドMって認識されるんは勘弁してほしいわ・・・。
私は苛められて罵られても一切ええ気分とかになったりせえへんから。
再度ため息を吐き、私は当初の目的・・・本を返しにきた事を思い出しカウンターに向かおうと席を立った。
すると一氏くんが後ろで「逃げんのかー」とか言ってるけど、安心してください、本を返して新しい本を借りてからじっくりそのお話はしたいと思いますので。
ちゃかちゃかと本の返しと借りを済まし、一氏くんがまだいるだろう席に向かう。
何度だって言うが、私は決して苛められたり罵られたりしても全く全然これっぽっちも嬉しくない。
蔵ノ介に虐げられる日々がどんだけ辛いことか・・・!
何故か自転車の二人乗りで私が運転して蔵ノ介が荷台で朝っぱらから坂を上らされるあの辛さとか、
会う度に不細工と言われることや頑張って作ったお弁当を奪われあまつさえケチまでつけられることとか、あのね、なかなか辛いんやで!!
そう思ったら、ほら、私ドMやないで!!
今までのことも思い返して改めて私はドMではないことを自覚する。
なんとしてでも一氏くんの間違った認識を修正せねば・・・。
どうしようかと唸りながら足を進めると、突如、目の前に壁が現れ・・・気付けたが反応できなかった私はそれに見事鼻を打ち付けた。
って、ちょっと、
「なんやねんいきなり!」
「酷い顔すぎてな・・・見てられんかったんや・・・」
目の前の壁・・・もとい本を手でどかして、私の行く手を阻むんだものを睨む。
そこには(予想はついていたがやはり)蔵ノ介がいて酷く悲しそうな顔をしてきたが、今の私の気分が酷く悲しいわ!
つか普通の本かと思いきや図鑑かいな・・・そら当たったら痛いはず・・・。
本間に登場するたびロクなことせぇへんわ・・・。
さすさすと自分の鼻を擦り、低くなっていないといいなぁなんて考えてたら蔵ノ介に
「豚みたいな顔になっとる・・・って、ああ、もともとかすまん」とか言われて、もう、絶句である。
しかしそんな私の心情はお構いなしに蔵ノ介はケラケラと笑いながら悪口を連ねてくるもんだから怒る気にもならない・・・。
だが、そんな終わりのなさそうだった悪口は急に止まった。
私としては最高に嬉しいが・・・何故か今度は時計を見て私を見てさらには携帯の時間を見て不思議そうに蔵ノ介が首を傾げたので、つられて私も首を傾げる。
え、今度はなんなん・・・とまた何か言われるのかと身構えてしまう。
「にしても、どないしたん?」
「な、なにがや?」
「この時間はいつも数学やろ」
「あ、ああ、そのことか!」
「?は?」
「あっいやっ確かにこの時間は数学なんやけど、今日は先生休みで図書室で自習になったん。・・・ちゅうかようこの時間が数学やって知っとったな」
「・・・まあ、その、たまたまこの前そっちのクラスの時間割を見てな」
「ふぅん・・・あ、むしろ蔵ノ介はなんで居るん?」
「生物の先生に図鑑を借りてこい言われたんや」
それで図鑑か・・・。
蔵ノ介はなんだかんだ頼まれると断れないから、先生からの厄介ごとをよく受けている。
まあそれに巻き込まれて一緒にやるのは私なんだけども。私も人に頼まれると断れないからどうしようもない・・・。
ため息を一つ零して図鑑を抱えたままでいる蔵ノ介に「まだ何か借りるものあるん?一緒に探そか?」「いや、もう揃っとるからそろそろ教室戻るわ」と返ってきた。
それに「ふぅん」と一言返したところで、一氏くんが「ーいつまで本探しとんねん」とひょっこり本棚の角から顔を出す。
あ、一氏くんのこと忘れてた・・・なんて思ってたら、蔵ノ介に低い声で名前を呼ばれた。
なに、と返す前に蔵ノ介の持っていた図鑑が・・・警戒を完全に解いていた私の旋毛を直撃、する。
「ったああ!!!」
「すまん、手が滑ってもうた」
「ハァ!?どうやったら上に滑るん!え!?おかしいやろ!」
「図書室はお静かに」
「〜〜っ」
蔵ノ介の正論に言葉が出ない。
呆れたような目で私を見てくるが・・・元はと言えばお前のせいなんやからな!
今にも大きな声で反論しそうになるのを理性で抑えていると、黙って私達のやり取りを見ていた一氏くんに腕をちょいちょいと引っ張られた。
「なんやっ」
「ちょお試したいことあるんやけど」
「?」
「あんな、」
一氏くんがこしょりと耳元で『試したいこと』を私に伝える。
蔵ノ介がこっちを見て・・・いや睨むようにこっちを見てるが・・・一氏くんが言う内容はなかなか面白いので離れられない。
これは私にとっても試す価値のある内容だと思う・・・。
一氏くんの話を最後まで聞いて、再度蔵ノ介を見ると・・・うわぁめっちゃ眉間に皺寄っとるわぁ・・・。
きっと自分だけ仲間外れみたいにされたのに腹が立っとるんかな・・・。
チラリと今度は一氏くんを見ると親指をぐっと立てられた。
い、今やれってか・・・。
・・・よし、やってみようやないか、うん・・・。
「く、蔵ノ介、」
「・・・何や」
――――――――― 一氏くんはこう言った。
『凹む白石が見てみたいから、お前今から俺が言うたことを白石に言え。ええな?』
凹む蔵ノ介・・・それは私も是非とも見てみたい・・・!
ということで一氏くんの案に私は乗るわけだが・・・おん、あの、なんか知らんが蔵ノ介めっちゃ不機嫌やわー・・・怖いねんけど・・・。
眉間に皺を寄せたままでいる蔵ノ介に冷や汗が止まらない。
下手したら何されるかわかんないしなぁ・・・いやでも一氏くん居るし大丈夫やんな?な?
チラリともう一度一氏くんを見る・・・おん、ええ笑顔で親指立ててくれたわ・・・。
そんな一氏くんの姿に微妙な安心感を抱いて、私は少しのわくわく感を胸に口を開いた。
「こ、このままやったら・・・私、蔵ノ介のこと嫌いになりそうやわぁ・・・」
アドバイス4
『嫌いになるってほのめかしてみぃや』
言ったあとに、蔵ノ介の表情が微かに変わる。
お、これはやったか・・・!
と思ったのもつかの間、瞬時に無表情に切り替わった蔵ノ介を見て心臓がドクンと跳ねる。
一氏くんも少し雰囲気の違う蔵ノ介に気付いて表情を硬くしていた。
な、なんていうかブリザード・・・。
ここの温度だけ完全に違うというかなんというか・・・。
この何とも言えない空気に何か言うべきだと思ったが、なんにも思い浮かばない・・・。
どうしようかと一氏くんを見たとき、蔵ノ介が大きなため息をついた。
やっと何か言ってくれるのかと思いきや、「そうか」と一言吐き捨てて私の横を通り過ぎる蔵ノ介。
あ、あれ・・・?
予想していたものとは違う反応で動揺が走る。
もっとこう・・・なんていうか・・・文句がくるかと・・・。
拍子抜けと言ってはあれだが、似たよう気分に陥っている。
一氏くんも予想していた反応とは違うことに驚いているようで口があんぐり開いたままだ。
そうしているうちに蔵ノ介は図書室を静かに出て行く。
あの一言だけ言って・・・あとは何も言わなかった。
それが逆に怖くて・・・どうしようもない不安に駆られている。
蔵ノ介が出て行った扉を見つめるが・・・そこが彼の手によってもう一度開かれることはなかった。
え、ちょっと、あの、あれ??思わぬ方向に転んでしまったのですが・・・え、あれ??一氏くんを見ると一氏くんにサッと目を逸らされた・・・え、どないせい言うの・・・。
き、起訴・・・。