俺は平和島静雄。
この辺じゃ結構有名な金持ちの家の息子だ。
下には幽という弟がいる。
金持ちの家だからという理由で勉強もたくさんやらされたが、
俺らはその勉強の合い間をぬってこの森とも言える庭でよく遊んでいた。
最近はお互い勉強が忙しくあまり遊べなかったが、いつも俺の勉強を見ている先生は急遽休みになったのと
幽のピアノのレッスンが午前で終わるとのことで、久しぶりに一緒に庭で遊ぶというかゆっくり過ごすことにした。
幽が来るまで本を読んでいようと、でっかな木がある場所へ行く。
そこは、暑い日差しを遮り気持ちのいい風が通る場所で、俺のお気に入りの場所だった。
その場所で持ってきた本を読もうと開いたはいいが・・・木漏れ日と気持ちのいい風にうとうとし始めてしまって、本を読むところではなくなった・・・。
***
「ん・・・」
パサリ、俺の手から本が落ちたところで、俺はうとうとではなくマジで寝てしまっていたことに気付く。
一瞬、ヤバイ、と思って辺りを見渡したが、幽はまだ来ていないみたいで安心した。
太陽もあまり動いていないみたいだし、それほど時間は経っていないようだ。
少しボーっとする頭を振り、落とした本を拾おうとしたら、
「大変!もうこんな時間!このままじゃ遅刻です・・・!」
俺の目の前を、黒い髪に赤いリボンをつけ赤いエプロンドレスを着た女が通り過ぎていった。
・・・突然のことに呆然と女が消えていったところを見つめる。
少し寝ていたこともあり、思考がうまく働かない。
なんか、頭に生えてなかったか・・・?
あんな奴、俺の屋敷にいたか・・・?
浮かび上がった疑問に首を傾げていると、女が消えていった草むらがガサガサと揺れだす。
びっくりして思わず本を拾おうとしていた手を引っ込めてしまった。
風ではない、誰かが揺らしている草むらを睨みつけて身構えていると、ひょっこりと女が草むらから顔を出す。
その女はさっき通り過ぎていったと思われる女で、辺りをきょろきょろと見渡していたと思ったら・・・目が、がっちり合った。
大きな目をぱちぱちと瞬かせきょとんとした表情をしていたが、ふいに女はにっこりと微笑む。
「こんにちわ!」
「こ、こんちわ・・・?」
笑顔のまま挨拶され、俺も戸惑いながらも挨拶を返す。
そんな俺には気づかず、女はよいしょ!と言って草むらから出てきた。
それからパタパタと俺のもとまで走ってくる。
俺はその姿をじっと見つめた。
というより、頭の上にある『もの』を見つめていた・・・。
何か言わなくてはいけないことはわかっていた。
だが、なんでここにいるとか、お前誰だと言うよりも、もっと疑問に思うことが俺の頭を支配していたからだ。
・・・最初に見たのはどうやら見間違いではなかったようだ。
完全に姿を現した女の頭には、白く長い耳が生えていた・・・、いや、そんなはずない。
きっと作り物の耳だろう。
そう思ったが、何故かその耳はピクピクと動いている。
・・・いや、そんなはずない。
だって、こいつ人間だろ?
見た感じ、人間だろ?
女の頭にある耳を凝視していると、不思議そうに女が目を丸くして首を傾げる。
「あの・・・私の頭に何かついてますか?」
「あ・・・まあ、その、すごいなその耳」
「?そうですか?」
「作り物にしては妙にリアルだし・・・」
「作り物??」
「だから、その耳作り物だろ?」
「え、違いますよ?正真正銘私の耳ですよー」
耳をぴこぴこと動かしながら言ってくる女の言葉の意味が理解できず、眉間に皺が寄った。
・・・こいつ何言ってんだ?
正真正銘私の耳って・・・人間にゃそんなもんついてねぇよ。
耳っつったら・・顔の横についてるやつのことだろ?
頭の上にあって、おまけに白くて長いなんてそれ・・・
「ウサギじゃねぇんだから・・・」
「え?ウサギですよ?」
「は?」
「ですから、私はシロウサギのって言うんです!」
頭が痛くなった。
やばい、こいつ危ない。
ウサギって言ったら、あの小さくてふにふにした動物だ。
どう見てもこの女・・・あー、は人間だ。
・・・頭の上のやつ以外はどこをどう見ても人間の女にしか見えない。
溜息をついて、俺はまずこのが誰なのかを聞くことにした。(この際、耳のことは忘れることにする)
もし親父とかの客だった場合はちゃんと屋敷に通さなきゃなんねぇし、不法侵入してきたってんなら追い出さなきゃなんねぇ。
金持ちっていうことで警備はされてて、屋敷への侵入はそう簡単にはできやしないが・・・。
まあ聞けばわかるか。
とりあえず立ったままでいるに座るように言うと、はその場でちょこんとしゃがみ込んだ。
・・・ちょっと小動物みたいで可愛いな・・・。・・・いや、落ち着け、俺。
「あのよ、結局お前ってなんなんだ?」
「私はシロウサギですよ!」
「・・・そうじゃなくて・・・、親父の客か?」
「親父?お茶会のメンバーでしょうか?でも私、今日はまだお茶会には招待されてないから親父さんがいるかどうかは知らないですね!」
・・・。
ダメだ、会話が成り立っている気がしない。
にこにこ、俺の質問に『答え』はしているが俺の求めている『答え』ではなく、だんだん苛々が募ってくる。
悪意がないのはわかってる・・・純粋にこいつが答えているのがわかっているから切れはしないが・・・。
苛つきを吐き出すようにハァと溜息を吐くと、大丈夫ですかアリス?とが心配そうに俺を覗き込んできた。
それに対しお前のせいだなんていえるはずもなく、なんでもねぇよと返そうとしたが・・・、あ?
「あり、す・・・?」
「どうかしましたか?アリス、お腹でも痛いんですか?」
「その、アリスって・・・もしかして俺のことか?」
「?そうですけど・・・」
「俺はアリスじゃないぞ」
「??何を言ってるんですか?あなたはアリスでしょう?」
「いや、俺は平和島静雄っつぅ名前で、」
「?」
きょとんと心底不思議そうな顔をされ、正しいことを言っているはずの俺が逆に不安になってきた。
い、いや、俺の名前は平和島静雄であって、アリスじゃない。
アリスなんて外人じゃあるまいし・・・つぅか男でアリスとかないだろ。
きっと誰かと勘違いしてんだな・・・。
きちんと説明して誤解を解こう、それでこいつを警備に引き渡そうと考えていると、
が胸元に下げてあった時計を見て声を漏らした。
・・・俺がアリスじゃないって気付いたのか?
「・・・どうした?」
「大変です!!遅刻です!」
「はぁ?」
「早くしないと首をはねられてしまいます!!」
「随分物騒なことすんだな・・・」
「でも私の場合はセクハラが待ってるんです・・・!恐怖です!」
「最低だな」
「ですから行きましょうアリス」
「・・・は?」
前後が繋がらないことを言っては俺の手を掴み無理矢理俺を立たした。
俺より小さいくせに意外と力が強いことに驚いていると、今度は掴まれた手を引っ張られ・・・、
駆け出していく。
「あっ、オイ・・・!?」
事情がわからずただに引き摺られるように一緒に走る俺。
遅刻がどうとか言ってたが俺は関係ないだろ・・・!?
・・・ふと、危険信号が俺の中で鳴り始めた。
前を向き走るに言い知れない不安が俺の中を渦巻き、掴まれた手を振り解こ・・・って・・・オイ、待て、あれ・・・なんだ?
「な、な、な・・・!?」
越しに、何時の間に庭にできたのか・・・まったく見覚えのないでかい穴が見えた。
本気でまずいと頭の警報がけたたましく鳴る。
早くこの手を振り解かないと、俺はきっと・・・この穴に落とされる。
直感でそう思い、今度こその手を離そうとしたが・・・、―――――――手遅れだった。
「う、おっ・・・!」
「さぁ行きましょうアリス!私たちの“ワンダーランド”へ!!そして助けてください!私たちのアリス!!」
勘違いの白いウサギ耳の女・は、俺に満面の笑みを向け相変わらず訳のわからないことを言いながら
俺を道ずれに大きな穴へと飛び込んだ。
ようこそ、アリス?
(悪ぃ、幽・・・怪しいと思った奴には近づくなってお前に言われてたの忘れてた・・・)