私とディーノさんの出会いは突然で、驚きの数々だった気がする。
たった一週間という短い期間に、私の中でディーノさんという存在はかなり大きいものになっていた。
気付いたらディーノさんのことを考えてる。
例えば、今日のご飯は何にしようとか、今日は一緒に何を見ようとか、今何してるのかなとか、一人で留守番させて悪いなとか、一人で・・・寂しくないかなとか。
考えれば考える程、キリがない。
「あ・・・やばい、買いすぎた」
買い物へ行ってきた。
袋が重くて手が痺れる。
昨日までは、ディーノさんが隣にいて、重い方の袋を持ってくれた。
そんな些細な優しさがとても嬉しくて温かかった。
ちらりと重い袋を見る。
・・・私は何をやっているんだろうか。
一人分の材料ではなく、二人分の材料を買っていたことに今更ながら気付く。
どうりで重いわけだよ。
溜息を1つ零し、少し公園で休むことにした。
どれくらいボーっとしていたんだろう。
公園に設置してある時計を見たら5時になりそうだった。
えっと・・・私が買い物へ行った時間はお昼少し過ぎたくらいだっけ?
ちょっとの休憩が結構な時間の休憩になってしまった。
5時の鐘も聞こえてきたので、私は重い腰を上げて重い荷物を持ち、帰路につく。
***
「最近元気ないわね」
「え・・・そう?」
「そうよ。なんかあった?」
友達のちゃんが心配そうに私の顔をのぞきこむ。
それにへらりと笑って返せばでこを小突かれた。
痛い・・・。
「あんたね・・・無理してんの丸わかり」
「そんなことないよ」
「あるわよ。あんたと何年一緒だと思ってんの」
「・・・」
呆れた、というような目で私のでこをまた小突いてくるちゃん。
私が文句も言わず、何も言わずでいれば、ちゃんの表情が曇った。
いや、違う。
言わないんじゃなくて、何も言えなかった。
何をどう言えばいいかわからなくて、私はただ黙りこくるしかなかった。
そんな私にちゃんは今度は優しく私の頭を撫でる。
あまりにも優しい手つきに、胸がぎゅっと苦しくなった。
「・・・今は無理には聞かない。でもね、今はってだけだから。あんたが心の整理がついたとあたしが判断したら問いただすわ」
「なに、それ・・・」
「ブッサイクな顔しちゃってさ・・・まったく」
「ちょブサイクって・・・失礼だよちゃん」
人が気にしてることを・・・と漏らせば、ちゃんは、普段は可愛いわよ、と悪戯に笑って言った。
そして私の荷物をおもむろに私のカバンに詰めていく。
「えっ、えっ、ちゃん・・・っ?」
「もう今日は帰りな。あんたの講義のノートはちゃんととっといてあげるから」
「いや、え、あの・・・」
ぐいとカバンを渡され、これ以上何も話すことはないと言った風にちゃんに背中を押され講義室から追い出された。
もうすぐ講義が始まるため生徒達はみんな、私の横を通って講義室に入っていく。
私はとぼとぼと外へ向かった。
「・・・っ!?」
ふと視界の端に金髪がかすめる。
私は慌ててその金髪を目で追った。
期待で胸が膨らむ。
もしかして・・・―――――。
・・・だけど、そこにいたのは全く知らない人だった。
よく見れば染められた人工的な色をしていて、私が求めていた自然に輝く金ではなかった。
・・・私は一体何に期待したんだろう。
無性に込み上げてくる何かに吐きそうになりながら、私は家までの道のりを走った。
***
たどり着いた家はシンとしていた。
当たり前だ・・・一人暮らしなのだから。
けれでも、慣れたはずの一人暮らしに違和感を感じる私がいる。
大変だったけど、一人暮らしは楽なものだった。
そのはずなのに・・・今はそんな一人暮らしが過ごし辛い。
どうしてだろう。
とりあえず走って帰ってきたため、息が切れて苦しくて咽が渇いた。
私は冷蔵庫を開けて水を取り出す。
それからコップを取ろうと手を伸ばした棚の先に、2つのコップが目に入った。
2つ・・・、それが今、とても寂しく見える。
こんな風に思うのも、全部、ディーノさんのせいだ。
ディーノさんが帰ってから、もう一週間は経った。
それなのに・・・この家にはまだ、ディーノさんが使っていたものが残っていて、
捨てればいいのに捨てられなくて放置している。
ディーノさんのものを見つければ、胸とかが苦しくなるってわかってるのにね、何やってんだろう。
「あいたい」
部屋の真ん中でぽつりと口から出た言葉は、本当に無意識に出た言葉だった。
その言葉を私の中でもう一度繰り返せば、目頭が熱くなって、もう、抑えられなくなっていた。
何が抑えられなくて、何を我慢していたのか、わからない。
わからないから苦しくて、わからないけど悲しいと思う。
ちゃんの言葉を思い出す。
ブサイクな顔って言っていた。
確かに、今の私はブサイクな顔をしている。
いつもよりひどい顔で、ひどく顔を歪ませているんだろうな。
はち。
床につぎつぎと水滴が落ちていく。
小さな水溜りはどんどん繋がっていって大きくなっていった。
止まらないこの込み上げる何かを我慢せず全てを吐き出そうとする私の涙たち。
私は、
「あい、ったい・・・っあいた、いよ・・・でぃーの、さんっ・・・!」
あの人ともう一度、会いたい、あいたい、逢いたい。
心の底から出た、想い。
これが私が抑えていたもので我慢していたもので、苦しくて悲しくて、寂しかった原因だったんだと、今、気付けた。
ああ、私・・・ディーノさんに恋していたんだ。
(私は、あの人が・・・・・・――好きだったんだ。)