「げ・・・悪い、リコに呼び出しくらったから行くわ・・・」
「あ、うん・・・あっ今日も部活遅くまで?」
「ああ、だから先帰ってていいよ」
「わかった、あと今週の土日って・・・」
「あー練習入ってるわ・・・」
「そ、そっか・・・」
「ホント悪いな・・・じゃ、またな」
「うん、部活頑張って」
「ありがとな」
私の彼氏の嫌いなところ。 ・・・相田さんは名前呼びなのに、私のことは苗字呼びなところ。 そ、そりゃあ二人は同じ部活で、相田さんはカントク、日向くんはキャプテンで色々話すことはあるだろうし仲がいいのはわかるけどさ・・・ 彼女の私が苗字で相田さんは名前呼びってどうよ。 お弁当をつつきつつぼんやりと思う。 日向くんとのお付き合いはもうすぐで3ヶ月・・・そう3ヶ月は経った。 だけど未だにお互い苗字呼びだしデートというデートはあまりしたことがない。 本当は「日向くん」ではなく「順平くん」と呼びたいのだけど・・・うまいタイミングがなく呼べずじまい・・・。 デートも部活で疲れてる日向くんを遠出に誘うこともできず地元をフラフラしたりぐらいしかない。 たまにデートを予定していた日に部活が入り、ドタキャンされたこともある。 何よりもバスケが好きなところはかっこよくて好きだけど・・・少々放置されすぎじゃないだろうか。 なんていうか、たまに私達って付き合ってるのかな?という疑問が浮かぶ。 同じクラスの日向くん繋がりで仲良くなった小金井くんにさらりと「キャプテンと付き合ってるっけ?」と聞かれた時の衝撃はなかなか忘れられないものだ。 水戸部くんも物凄く焦ったように小金井くんのお口を手で塞いでたのもなかなか傷ついたなぁ・・・。 やっぱり、他の人から見ても私達って付き合ってるように見えないんだなぁって思うとなんとも言えない気分になる。 はぁとため息をついて、半分も残っているお弁当にフタをしようとしたら、後ろから「あれ?残すの?」と明るい声が飛んできた。 振り返ると私の心を微妙に抉ってくれた二人組がにこやかに近寄ってくる。
「うん、あんま食欲なくてさ」
「えー!めっちゃ残ってるんじゃん!すっごくうまそうなのに!」
「・・・」
「そう?じゃおかず手つけてないのいる?」
「マジで!?ほしい!」
「!!」
小金井くんと水戸部くんが嬉しそうに残されていたおかずをパクパク食べていく。 「のかーちゃん料理うまいなー!」なんて言うから「それ全部私が作ったんだよ」と言うと滅茶苦茶驚かれた。 水戸部くんまで驚きの表情で私を見てきてるんだけど・・・え、私ってそんなに料理できなさそうに見えるのかな・・・え、結構ショック。 あっという間に手をつけていなかったおかずをぺろりと二人で食べ、私の食べかけもなんだかんだ小金井くんがぺろりと食べてしまった。 「おいしかったー」と満足気に笑う小金井くんとふにゃんとした笑顔を浮かべる水戸部くんに私もほんわかする。 しかし日向くんより先に私の手作り弁当を食べられてしまったな。 まあそもそも私が料理できることも日向くんは知らないんだろうなと思うと切なくなってくる。 何度か差し入れで何かを作ろうかとは考えたけど、相田さんという可愛いマネージャーさんがそういうことをやってそうなので一度もできていない。 ・・・うん、相田さんって本当に可愛いよね・・・。 でもサバサバした性格・・・、日向くんもああいう子のが好きそうだよね・・・。 そんなことを考えてたら、ぽんと頭に乗せられた温かい熱。 上を見上げれば水戸部くんが心配そうな顔で私の頭を撫でていた。 さり気ない優しさに鼻の奥がツーンとしたけど、小金井くんも「どうしたー?」と言って頭を撫でるというかぐちゃぐちゃに髪の毛を乱してくれたので、とりあえず殴る。
「いってぇ!な、なんで俺だけ・・・!」
「小金井くんは限度を知れ!髪の毛ぐちゃぐちゃになっちゃったじゃん!」
「え・・・いつもとそんなに変わらな・・・あ、すみません」
失礼なことを抜かす小金井くんをキッと睨めばすごすごと水戸部くんの後ろに隠れる辺り、本当に小金井くんは小物だと思うわ。 見事空っぽになったお弁当箱を片付けて日向くんが出て行った教室の扉を未練がましく睨む。 なんていうかなぁ・・・私、本当に、彼に愛されてるのだろうか?
***
・・・私の彼氏の嫌いなところ。
「なんか疲れてる?」
「ん?・・・あー、いやそんなことねぇよ?」
「そう・・・」
絶対私に弱音を吐かない。 心配させないようにとか私を気遣ってのことなんだろうけど、それがどんだけ寂しいかが彼は気付いてないんだろうなぁ・・・。 昨日の今日でまたこれである。 私の不安は積もる一方で、交わす言葉も少しずつ減っていく。 またお弁当が半分も残っている状態で食欲が失せてしまった。 なんだかなぁなんだかなぁと自分の中で何回も繰り返している。 日向くんにとって私って・・・真面目になんなんだろう。 そりゃあさ告白したのも私だしさ・・・とか考えてたらもっと気分が沈んだ。 い、いや・・・日向くんのことだし、告白されたから付き合ったなんて事はないだろうけど・・・。 自分の考えにどんどん泣きそうになって、お箸を握る手に力が入る。 ・・・どうしよ、やっぱり私だけが好きなのかな? 日向くんは何だかよくわからない紙を見て黙々とご飯を食べてる。 これさ、私と一緒にご飯食べなくてもよくない? ふつり、私の中で不安とは別の感情が湧き上がってきた。 ・・・いやいやいかんいかん! 底の底までいきそうだったテンションをなんとか持ち上げて、何かお喋りできる話題をと思い来週の予定を聞くことにした。 もし空いていたらデ、デートに誘おう!
「あの、日向くん・・・」
「んー?」
「来週の日曜なんだけど・・・」
「日曜?・・・あーその日はカントクと部活の買出しあるから無理だな・・・」
ふつり。 また不安とは別の感情が湧き上がる。 日向くんは、バスケ部主将で、バスケ大好きで、真面目さんで、私の彼氏で、・・・そうですよ、私の彼氏ですよ。 私の彼氏は・・・来週の休日は部活の用事で出かけるとのことで・・・カントクさんと。 つまりそのカントクさんとは相田さんのことで、さらにさらには相田さんはとても可愛らしい女の子で・・・。 部活の買出しとは言え女の子と休日出掛けるってそれデートじゃないんでしょうか? ・・・あ、いや、待てよ? 相田さん以外にもいたら何ら問題ないよね? そんな期待を胸に日向くんに問いかけて返ってきた答えは「カントクと二人だぞ?」ふつりがぶちりに変わった瞬間であった。 机を両手で力いっぱいに叩けばバンっと大きな音を立てて、置いてあった箸も床へと飛んでいく。 日向くんはとても驚いた表情で私を見ていた。 教室にいた人達も突然の大きな音に驚き固まっている。 しかし、そんなもん知ったこっちゃないわけで・・・私今切れてるわけで・・・。 カントクと二人っきり、相田さんと二人っきり、女の子と二人っきり・・・そんなんデートで浮気じゃないか・・・。 日向くんが私の名前を呼ぶ。 ・・・それだって気に食わない。 思い出すのは相田さんを名前呼びした日向くん。 相田さんがどうこうとかは全くない・・・私が勝手に不安がって嫉妬してるのが悪い・・・そうです、私が悪いんです。 日向くんがただ好きなだけなのに、なんでこんなにも私は嫌なことばかり考えてこんなにも嫌な女になってってるんだろう。 恋する乙女は可愛いとかそんなん幻想でしょ。私特に幻想でしょ。 ・・・もうさ、アレだよね、アレ・・・こんなの日向くんにも迷惑だよね。 そう思ったら口からぽろりと言葉が出ていた。
「別れて・・・」
「・・・は?」
「別れてください!!」
言ったあとにハッとなって顔をあげたら日向くんが驚きを通り越してきょとんとしていた。 あ、どうしよう・・・そんな顔初めて見たけど、可愛い・・・。 とか事の重大さを忘れて思っちゃった私やっぱり日向くん大好きなんだぁって実感して余計虚しくなる。 叩いた両手はじんじん痛み出すし・・・もう、なんていうか、私馬鹿みたい。 しかも教室で変に注目浴びて何やってんの・・・これじゃ本当に日向くんに迷惑しかかけてないじゃない。 胸が痛くなって鼻の奥もつんとして両手は痛いで嫌な注目されて、私って・・・何度も言うけど、何やってんの。 本当は別れたくないのに、日向くん大好きでいつも悶々してるのに、なんであんなこと言っちゃったんだろ。 さっきまで嫉妬心メラメラでイライラしていたけど、次に押し寄せてきたのはどうしてなんでの後悔ばかり。 もし、このまま・・・日向くんも「別れよう」って言ったら私どうすればいいの。 さらにはこの皆に見られてる状態で、え、なにホント公開処刑じゃん・・・。 ぐっと唇を噛み締めて、今にも泣き出したい気持ちを堪える。 日向くんのことも見ていられなくなって目線を徐々に下げていくと、バンッガタンッと私が机を叩いた時より大きな音が教室に響いた。 びっくりして下げていた目線を上げれば、日向くんが立ち上がって両手を机につけている。 何が起きたか全くわからず瞬きを繰り返していると、日向くんに思いっきり睨まれて心臓が跳ね上がった。
「俺は絶対に嫌だからなっ!!」
「へ、な、なにが・・・」
「別れねぇって言ってんだ!」
「なっ・・・なんで、」
「なんでもクソも好きだからに決まってんだろ!このだアホッ!!」
日向くんに初めて怒鳴られて私の肩がビクリと震える。 しかしそれ以上に日向くんが言った言葉に私の胸が震えた。 無意識のうちに伸ばした手はいとも簡単に彼に捉えら、痛いくらいに握られる。
「ちゃんとした理由がない限り、俺はとは別れない。いやていうかちゃんとした理由があっても俺は別れたくない」
日向くんが真っ直ぐ私を見つめてそんな台詞を言うもんだから、私の顔は一気に熱くなって・・・思わずぽろりと涙が出た。 それにぎょっとした表情をした日向くんは、さっきの怖い雰囲気から一転していつもの日向くんに戻る。 ぽろぽろと涙を流す私におろおろとし出す日向くんに「好きです」と一言だけ言った。 すると日向くんも途端に顔が真っ赤になってしどろもどろになりながらも「俺も好きだ」と小さくだが返してくれた。 嬉しくて本当に嬉しくてへらりとだらしなく笑ってしまった。 だが、そんな幸せな気分に浸っているわけにはいかないことに気付く。 視線が・・・教室中の視線が、私達に集まっていることに気付いてしまったのだ。 日向くんと顔を合わせて、「とりあえず座るわ・・・」と言って日向くんが大人しく着席する。 私達の顔は互いに真っ赤で見るだけで照れてしまう。 クラスメートの冷やかすような視線を浴びて、私は落ち着きを取り戻し始めた。 ふうと息を吐いて日向くんを見ると、ちょうど日向くんも顔を上げる。 ガッチリと合った視線に笑いを零せば、日向くんも笑ってくれた。 が、すぐに顔が顰めっ面になる。 そして「で?」と言われ、首を傾げると「だアホ」と小突かれた。
「なんでいきなり別れてなんて言い出したんだよ」
「あ・・・あー・・・いや、」
「不満があんならちゃんと言え」
「う・・・その・・・不満っていうか、ちょっと不安になりまして・・・」
「不安?なんで?」
「なんでって・・・まずは私のこと苗字呼びなのに相田さん名前呼びだし・・・」
「なんだそんなことか」
「そんなこと!?結構重要かと!」
「うおっ!え、わ、悪い・・・いや、カントクは中学からの付き合いだからたまに名前が出ちゃうだけで、は・・・その、うまくタイミングがだな・・・」
ぽりぽりと赤い頬をかきながら日向くんがもごもごと言う。 その言葉を聞いて、日向くんも私と一緒のこと思ってたんだと知る。 私だってタイミングが掴めず日向くんと苗字呼びだった。 日向くんも同じこと思ってたんだ・・・ そう思うとなんだか笑える。
「さえ良ければ、俺は名前で呼びたい、です」
「わ、私は全然OKです・・・ていうかむしろ呼ばれたいし、その、私も日向くんのこと名前で呼びたい、です」
「ど、どうぞ」
日向くん、いや、順平くんの言葉に早速「じゅ、じゅ、順平、くん」と言えば、 ひゅ、順平くんの顔がさらに赤くなって「お、おう。う、あ、えっと、・・・」なんて返してきたもんだから私の頭は爆発してしまいそうだ。 てか、嬉しさのあまりむせた。それに心配そうにまた「?」と名前を呼ばぶもんだから逆に息が止まっちゃいそうだ。
「あー、あ、あとは?」
「げほっあ、あと?」
「他に不満とか・・・」
「・・・えっと、んー・・・弱音、とかちゃんと聞きたいとか、かな・・・」
「・・・その、弱音とかって普通聞きたくないもんじゃね?」
「そう?私は全部を受け止めたいから弱音も聞きたいよ?」
「・・・」
私の言葉に押し黙る順平くん。 え、あれ?なんで?と思ったが、ちょ、あ、私今相当恥ずかしいこと言った!? 自分の言った事を思い返して顔がカッと熱くなる。 あ、え、と言葉にならない言葉を口から漏らしていると、順平くんが机に突っ伏してしまった。 ええっ!え!ど、どうしよう・・・!今のやっぱ重かった系!? せっかく仲直りできたのにその直後にもうピンチとか!ないだろ! 慌てて順平くんに声をかけようとしたら順平くんが小さく何かを言ったのが聞こえた。 でも本当に小さくて何言ってるのかわからなかったので順平くんに恐る恐るもう一度聞き返す。
「・・・反則」
「え?なにが?」
「そういうの、ホントに・・・あー嬉しすぎて俺、やばいわ」
「ええっ」
思いがけない言葉に私は驚愕してしまう。 え、あれ、引かれてない・・・! 良かったと安堵のため息を吐くと、順平くんがさらにぼそぼそと呟く。 聞き逃さないようにそっと突っ伏している順平くんに顔を寄せた。 ・・・うお、なんかちょっと恥ずかしいかも。
「もさ、なんかあったらすぐ俺に言ってくれ・・・俺もお前のこと全部受け止めたいし、全部知りたいって思ってっから」
「っ・・・!う、うん!」
私のときめきメーターがぐんと振り切れた。 本当に真面目にガチンコで順平くんが好きだ。 私も嬉しすぎてやばい・・・! 嬉しさのあまり軽く泣きそうになっていると、不意に順平くんが顔を上げた。 私はいまだ突っ伏している順平くんに顔を寄せていたわけで、ということはつまり至近距離に順平くんの顔があるわけで、私の思考回路はそこで停止するわけで・・・。 あともう少し近づけば、キスもできちゃう距離。 その事に気付いたらドキドキと心臓が騒がしくなった。 順平くんは顔が真っ赤で、多分私も真っ赤。 数秒見詰め合って・・・そっと順平くんの顔が近づく。 私も静かに目を閉じて、その時を待つ。 聞こえるのは私のうるさく鳴っている心音と順平くんの息遣い。 今日は、私達の関係がものすごい進歩を遂げたと思う。 本当にすごく良かった。 こんな風にこれからもどんどん彼を好きになっていくんだろうな。 そう思ったらすごく幸せな気分になった。 そして、きっとあともう少しで触れ合う唇に集中する。 あと・・・というところで昼休憩終了のチャイムが鳴った。 お、おお・・・っ!?その音で一気に現実に戻りお互い勢いよく離れると、こちらを凝視していたクラスメート達に気付き、暫し硬直、――――後に絶叫。 順平くんはこれでもか!というくらいに耳も首も真っ赤にさせて「じゃ、じゃあもう戻るな!!うん!うん!!あー!次の授業なんだったっけなー!!はは!!」と大きな声で乾いた笑いを漏らしながら、私の教室を去って行った。 残された私はクラスメート達の視線に射殺されそうだ・・・うう・・・。 とりあえず落としたままの箸を拾おうと動き出したら、ちらほら「リア充め・・・見せ付けやがって・・・!」 「彼女いない俺らへの何のあてつけか!」「彼氏・・・ほしい」と教室中から聞こえる。 顔を上げると友達の一人が「見せつけやがってこんのバカップルー!」と突進してきた。 支えきれなかった私はぐえっと床に潰れると、わっと湧き上がる教室。 みんな文句みたいに言ってきてるものの、「良かったね」や「お幸せに!」となんだかんだ祝福する言葉をくれて・・・私は・・・ ・・・嬉しいやらなんやら、いやでもこの盛り上がりようはなに!? ちょっと収拾つかないくらい騒がしくなってきてる気がしたので、もうっとにかく先生早くきて!!! つか、リア充マジ爆発しろよーとはやし立てる男子グループに小金井くんがいたので絶対あとでシメる。
ちょっと噂のバッカ プル
(そしてこの騒ぎは他の教室にも聞こえるほどだったらしく、後々私と順平くんは他クラスでも有名なカップルになりました)