遠くで見ているだけでした。
彼女は僕とは違う。
いつも笑顔で周りを明るく照らす・・・まさしく光という言葉が似合う人。
そんな光である彼女が影である僕のことを気に止めることはないだろうし気付くこともないだろう。
同じクラスという接点しかないのだから余計にだ。
・・・そう、思っていました。
だけど彼女は僕に気付いて、いつだって僕を見つけてくれる。
皆がいくら僕を見つけられなくても、彼女だけはどうしてか僕をすぐ見つける。
眩しいくらいの笑顔で「黒子くん、みーっけた!」と言って僕の手を引いて皆の輪の中に入っていく。
彼女がいるだけで本当に僕は影であることを忘れ、明るい世界の中にいれた。
僕の大切な人。
ただ、それだけでした。
でも・・・最近は『それだけ』じゃなくなった。
彼女は、僕の大切な人と同時に・・・とても愛しい人なんだと気付く。
自分でもこんな感情が芽生えるなんて思ってもみませんでした。
彼女が声をかけてくれるだけで、気付いてくれるだけで、見つけてくれるだけで、充分だったのに・・・ 何時からか僕だけを呼んで欲しいと、僕だけを気にかけて欲しいと、僕だけを見ていて欲しいと、そんな風に彼女を独占したいと思い始めてしまった。
所詮僕は皆の影でしかないのに、光である彼女を独占したいだなんて高望みもいいところだ。




授業の合い間の休憩時間。
用をたした僕はトイレを出て近くにある窓からぼーっと外を眺めていた。
ざわざわとしている周りは僕の存在に気付いてはいないだろう。
まあ気付いたとしても何もありはしないけど。
まるで僕だけが取り残されてしまったなんてくだらないことを考えていると、ぱたぱたと駆けてくる音が聞こえる。
その音は僕の耳によく馴染んだ足音。
思い浮かべるのは僕の心をいつも埋める人。
ぼんやりとした思考が徐々にはっきりと明けていく。
僕が振り返る前に、彼女はいつものように僕の名前を呼んだ。






「黒子くんっ!みーけた!」

「・・・、見つかりました」

「黒子くんのこと黄瀬くんが探してたよー?」

「そうなんですか?なんでしょう・・・」

「さあ?とりあえず黄瀬くんは黒子くんの席に座って黒子くんのこと待ってるよ」

「・・・教室に戻りたくなくなりますね」






僕がそう言うと彼女がふふっと可愛らしく笑みを零した。
僕の言葉で彼女が笑ったのならとても喜ばしいことだ。
黄瀬くんが探しているということで彼女が僕を見つけに来てくれて、本当なら早く教室に戻るべきなんだろうけど・・・彼女ともう少しだけこのままでいたい。
僕の小さな我侭で・・・これは少しの嫉妬。
黄瀬くんと仲がいい事に僕は妬いてしまっている。
彼も彼女と同じ光の存在で、僕とは全然違う。
二人で笑いあっているとすごくお似合いだなと思うこともある。
そういう時、僕はすごく嫌な人間になると思う。
黄瀬くんだって大事な友人なのに、彼女と楽しそうに話をしている姿を見ると酷くドロドロとした気持ちが湧き上がる。
気軽に彼女に話しかけられて、簡単に彼女を笑顔にできる黄瀬くんが本当に羨ましくて・・・本当は嫌だ。
僕も黄瀬くんみたく彼女を簡単に笑顔にできたらいいのにと何度も思った。
・・・思うだけで、結局、僕は僕でしかなくて、変わることはできない。
目の前にいる彼女との距離は限りなく近いのに、手を伸ばすことはできない。
じっと彼女を見つめていると不思議そうに彼女が首を傾げた。
「黒子くん?」と名前を呼ばれて僕も彼女の名前を言う。
「なにー?」と笑って返してくれる彼女が大好きです。
僕は、彼女がとても大好きで、大好きだからこそ僕は近寄れなくて、眩しくて恋焦がれている。
溢れ出しそうな何かをぐっと堪えて、「そろそろ教室に戻りましょうか」と言い、動きたくないという足を無理矢理進めた。
だけど、彼女がまた僕の名前を呼んだ。
重たい足は簡単に立ち止まり、呼ばれた方向へ身体が反転する。
素直な僕の身体に笑いが漏れそうになった。






「はい、なんですか?」

「あー・・・えーっと、教室戻るんだよね・・・?」

「はい、黄瀬くんが待っているみたしですし、そろそろ行かないと授業も始まってしまいます」

「そう、だよね・・・でも、その、あーっと、あの・・・」

さん?」






歯切れ悪く話す彼女に疑問符を浮かべつつ、彼女が話し出すのを待つ。
周りが次の授業の準備でさらに騒がしくなった。
しかし僕達の間はその騒がしさから切り取られてかのように静かな時間が流れている。
穏やかな、心地いい時間。
暫く彼女の視線がふよふよと宙をさ迷ってると思ったら、今度は戸惑いを含んだ視線が僕に向けられた。
その視線に僕が首を傾げ尚も見つめていれば、彼女の頬がだんだんと赤く色づいていくのがわかる。
そんな彼女の変化に気付いた僕は目を見開いた。
・・・いや、だってこの反応は僕の気のせいでなければ、もしかして・・・。
込み上げてくる感情と淡い期待に僕の鼓動が少しずつ加速する。
でもこれが勘違いだったらとただの自惚れではないかと思うと、怖くなって喉がひきつった。
ぐるぐると僕の中を様々な感情が混ざっていく。
彼女は視線を上履きに移し、耳を澄ましていなければ聞こえないくらいの声量でぽつりと言葉を零した。






「も、もし、もう少しこのまま二人で喋ってたいなって言ったら・・・迷惑、かな・・・?」

「え・・・」






僕の・・・僕の期待が都合のいいように彼女の言葉を耳に運んできたのだろうか。
彼女の言葉が頭の中を何回もリピートする。
自分の鼓動がやけに五月蠅く鳴り響き、周りのざわめきも聞こえない。
髪の毛の隙間から見える耳は赤く染まっていて僕の頬も熱くなっていくのを感じた。
こんなにも時間が止まってしまえと思ったことはあるでしょうか?
しかし着々と周りにいた人達が教室に戻っていく様子を見て、そろそろタイムリミットが迫っていることに気付く。
まとまらない思考に困り果てていると、彼女が赤い顔を上げた。
うわ・・・どうしましょう・・・さん、目も潤んでいて・・・かわ、いいです・・・。
じゅわっと一気に頭が沸騰しそうになった。
彼女の可愛さに言葉が出ぬままもごもごと口ごもっている姿は傍から見たらなんて滑稽な光景だろう。
そう思ったらなんだか恥ずかしくなって意味もなく頭をかいていると、突如彼女がハッとした表情になり、僕がどうしたのかと聞く前に彼女は僕に勢いよく頭を下げてきた。
あまりの突拍子のない行動に僕はどうしたらよいのかわからずたださん?」と名前だけを呟く。
すると今度はへにゃと眉尻を下げ僕に対して「ごめんね黒子くん」と言ってきた。
ますます僕は意味がわからなくて首を傾げると、彼女はどこか悲しそうに笑って言葉を続ける。






「さっき私が言った事忘れていいよ!あはは、はは、わ、私ってば何言ってるんだろうね!黄瀬くん待ってるって言いにきたのに引き止めるとか・・・授業も始まっちゃうから早く行こうか!」






そう言って僕に笑いかけた彼女の表情はやっぱりどこか悲しげで、胸がきりりと痛んだ。
・・・ああ、僕は何をしているんだろう。
不甲斐ない自分にため息しか出ない。
もういいじゃないか、自惚れでもなんでもいい。
彼女と今話しているのは僕で、彼女と向き合っているのも僕です。
そして、今ここで誰よりも彼女を想っているのは僕なんだ。
だったらもう面倒臭いことは抜きにしよう。
光の彼女には似合わないと思いながらも、僕は彼女を諦めることなんてできなかった。
それが真実で変わりようの無い事実だ。
彼女が僕を見つけてくれた時のこの胸の高鳴りも、彼女が僕の名前を呼んでくれる時のこの頬の熱も、全部全部彼女が好きな証拠。
もうこれだけで僕には充分です。
僕が彼女を好きということが何よりも重要なんだ。
彼女を真っ直ぐに見つめれば、計ったかのように授業開始のチャイムが廊下に鳴り響く。
ハッと彼女が慌てたように教室に向かおうとするのを僕は咄嗟に腕を掴んで引き止めた。
僕の行動に彼女は驚いたように僕の顔と掴まれた腕を交互に見やる。
そして小さく「授業遅れちゃう・・・っ」と言った彼女に、今度こそ先ほど詰まった言葉を伝えようと思う。






「・・・僕も、さんともっと二人で話したいです」

「・・・へ?」







ぽかんと大きく口を開けた彼女に思わず口元が緩む。
元の色に戻っていた頬も一気に赤く染め上がってまるでりんごみたいだ。
・・・でもきっと僕も同じようになっていそうです。
そう思ったら本当は顔を隠してしまいたいけど、彼女から目を逸らしたくなかった。
じっと見つめていると、彼女は真っ赤な顔でおろおろと「いや、でも、授業が・・・」と零す。
僕も先生には申し訳なく思うけれども、彼女と過ごす時間を思うとそうは言っていられない。
だから僕は彼女に対して意地悪な質問で返すことにした。






さんは・・・僕と授業、どちらの話を聞きたいですか?」

「っ!え、えっ!?そ、それは、その・・・く、黒子くんの話のがいいけど、でも・・・」

「じゃあいいじゃないですか」

「ええっ?い、いいのかな・・・」






少しだけ強引に押し切ると彼女は戸惑いながらもこくりと頷いてくれた。
それから今度はふにゃりとした笑顔を向けられて僕は一瞬息が止まる。
本当に・・・彼女の作る表情全部が愛しいです・・・。
今日初めて見る色々な表情に僕は彼女への愛しい想いをどんどん募らせる。
どこまでも溢れてくるこの想いに際限はない。
何かまた彼女が言う前に掴んでいた腕は離して、手をしっかりと握った。
僕とは違う、何の豆もなく節くれだってもいない、小さくて可愛らしい手に・・・ほら、またドキドキしてます。






「黒子くん・・・っ」

さん、僕とたくさんお話しましょう」






彼女の手をひいて静かな廊下を歩き出す。
先生に見つからないかドキドキしていたが、握り返された手に意識は全部持っていかれた。
繋いでいる手のひらから僕の激しい鼓動が伝わないか心配になりちらりと後ろを見やれば、彼女は・・・僕の気のせいでなければ嬉しそうに頬を緩めている。
ああ、もう・・・本当に好きです、さん。
彼女のそんな姿を見てまた一つ想いを募らせ、緩む口元を繋いでない手で覆い隠した。
多少躓きながらもこの時間は誰もいないと思われる場所へと廊下を突き進む。
目指すは・・・屋上。


・・・はい、僕は彼女とともに人生初めての『サボリ』をしてきます。























夢見た瞬間を見た
(大好きな君を僕だけが独占)