勘弁してほしい。
切実にやめていただきたい。
「あのですね、緑間くん」
「なんだ、」
「なにその不細工な魚・・・」
「不細工な魚だと!?これは俺のラッキーアイテムの鮫なのだよ!」
いやどう見ても不細工な魚・・・深海魚みたいな面してるんだけど・・・。 と、緑間くんが脇に抱えてる人形を見て深くそう思った。 というかそんなこと激しくどうでもいい。 着目点はだね・・・今、デートなんですけど。 いくらおは朝の占いが好きだからって・・・ お前、デートでラッキーアイテムとかいう不細工な魚(鮫)を脇に抱えてデートはないだろ。 彼女の私もきょとんだったけど、事情を知らない道行く人のがきょとんだよ。 そして近寄りたくないだろうよ。 私もぶっちゃけ隣を歩きたくない。 大好きな緑間くんとのデートをそりゃ楽しみにしていた私にとってはこれはなんて酷い仕打ちなんだろう。 でもさ、わかってた・・・わかってたよ?何かしらラッキーアイテム持ってくるんだろうなぁとかはさ。 いつも持ってるし、そら付き合ってんだもん、予想くらいはしてたさ。 だがしかし、今回はちょっと・・・物が意外とでかかったんだよ!!! びっくりだわ! 抱き枕並みの奴を脇に抱えてるイケメンとか誰得なの、ねぇ教えて。 さり気なく魚捨ててやろうと引っ張ってみたが 「欲しいのか?やらん」 とウザイ切り替えしされて私殴りそう。 膨らむ苛立ちを吐き出すかのごとくでっかいため息をついて緑間くんを見上げる。 緑間くんも私を見下ろす。 がっちりと合った視線と同時に緑間くんがくいっと眼鏡を押し上げて口を開いた。
「それで、今日はどこへ行くのだ?」
「・・・緑間くんはどこか行きたいとこある?」
「俺はお前に合わせるつもりだ」
「そっか・・・じゃあ今日発売の小説を買いに本屋に行きたいな」
「わかった」
そう言うと緑間くんは私の前をすたすたと・・・すたすた・・・すたすたって、ちょっと!!コンパス考えてよ!! すたすた歩く緑間くんを早足で追いかける私。ナニコレ。 普通に歩いてるんだとしても190センチ越してる男の歩幅に合うわけないじゃない! きっとこれ、私立ち止まっても緑間くんは気付かずに歩いて行っちゃいそうだよね!? デートなのに・・・私達の距離明らかにおかしい・・・! いくら頑張って足を動かそうと緑間くんの隣に並べない・・・なんていうか緑間くんの隣を歩くには私相当頑張んないと無理だわ。 多分歩きじゃなくてマジで競歩になる。 でかい不細工な魚を脇に抱えてる男を競歩で追いかける女、傍から見たらただのギャグじゃないか・・・。 ・・・ここで立ち止まってみようかな・・・。 正直言って、今日の私はいつもより気合をいれてきてる。 服や化粧だって普段とは違う。 だけど緑間くんはそんなこと一切気付いていない・・・ま、まあそれも予想はしてたけども! なんていうか・・・今日のデートは私だけが盛り上がってる気がしてきた・・・。 ぜぇぜぇと情けなく息切れをするデートというのはなんなんだろう。 ここで、立ち止まってみようか、な・・・。 徐々に下がる速度に、徐々に開く緑間くんとの距離に、悲しくなってくる。 俯いて乱れている呼吸を整えて・・・私が顔を上げた時には緑間くんは見えなくなってるだろうな・・・。
「・・・おい、何をしているのだよ。具合でも悪いのか?」
「・・・え、緑間くん・・・?」
「他に誰がいるのだよ」
立ち止まり俯いていた私の頭上から聞こえてきた声は、もう先へ行ったと思っていた緑間くんで顔を上げて確かめてみても緑間くんでポカンと口をあけて固まってしまった。 怪訝そうに眉を寄せた緑間くんに、わざわざ戻ってきてくれたんだとか思うとすごく、嬉しくなって胸が温かくなる。 小さく 「ありがとう」 と零せば緑間くんはわけがわからないという顔で首を傾げていた。 しかし暫くジッと私の顔を見たあと、緑間くんは背を向け・・・手のひらを向ける。 全くわからない緑間くんの行動に今度は私が首を傾げてることになった。 え、なんだろ・・・このポーズ完全にあれよね、あの、ほら、リレーでバトン渡すときのポーズ。 ・・・え、マジでリレー?いやいやそれはないだろ・・・でも相手は緑間くん・・・なんか棒状の物を渡せば正解かな? ってそんなもん持ってねーよ! 一人頭を抱えそうになっていると痺れを切らしたように振り返った緑間くんが私を睨む。
「ほら、行くぞ」
そう短く言うと立ち止まっていた私の手を掴み、またスタスタと進み出した。 私はそれに戸惑いながらも緑間くんの手を握り返して足を動かせば、少しだけ遅くなる歩み。 ・・・こういうのってずるいよね・・・。 さっきまでムカついたり沈んでたりした気持ちが嘘みたいに消えている。 緑間くんって私の扱いうまいよなーなんて他人事のように思う。 そして繋いだ手のひらから伝わる熱はいつも以上に高い気がして私は彼に気付かれないように笑った。
「ねえ、緑間くん」
「何なのだよ」
「・・・やっぱなんでもない」
「?変な奴だな」
その台詞は緑間くんには言われたくないわーと出かけた言葉は飲み込んだ。 ちらりと視界に入った不細工な魚は相変わらず不細工だ。 じーっと見てると・・・なんていうか幸せ吸い取られそう・・・。 睨むように見てればニタァと笑われたような気がして少しだけ緑間くんの手をひいてしまった。 するとそれに気付いた緑間くんが立ち止まって 「どうした?」 なんて聞いてくるもんだからなんとも申し訳なくなる・・・ってならねーよ! 元はといえばこんな不気味で不細工な魚を持ってくる緑間くんが悪いんじゃん! もっと可愛い感じのなかったのかな?! 前持ってた熊はすごく可愛かったのに・・・! ぼそりと 「その不細工の魚やだ」 とまた文句をたらせば、緑間くんが深い深いため息をついた。 ・・・すいませんね、しつこくって。
「何度も言うがこれは俺のラッキーアイテムなのだよ。だから手放すわけにはいかん」
「でもせめてもう少しサイズが小さいのとか可愛いのとかにしてほしかったんだけど」
「?これもなかなか可愛いだろう?」
「どこが!何度も言ってるけど不細工だからそれ!」
私のその言葉に微妙に傷ついた顔した緑間くんに私の頭は疑問符でいっぱいだ。 どう見ても不細工だよ! いやしかし・・・などとごにょごにょ言ってる緑間くんを睨めば押し黙る。 かと思いきや今度は逆に緑間くんに睨まれた。 上から見下ろされながら睨まれると結構迫力があり文句を言う口が止まる。 う・・・お、怒らせたかな・・・? 少し不安になった私は繋いでいた手をそっと離そうとした。 だけど痛いくらいに緑間くんに手を握られて私の心臓が跳ね上がる。 彼を見上げれば少し気難しい顔をして口を開いては閉じて何かを言おうとしていた。 今回は少々しつこく言いすぎたかなと今更ながら思い始めて、急かすことはせずここは彼が話し出すまで待つことにする。 それから数分も経たぬうちにぐっと繋いだ手にまた力が加わり、緑間くんが息を吐き出した。
「緑間くん?」
「・・・これは俺のラッキーアイテムなのだよ」
「・・・ああ、うんそうだね」
話し出したと思ったらそれ!? また話が振り出しに戻るの?ちょ、それは勘弁して・・・。 緑間くんが話し出したものは先ほども彼が言っていたことで、それで私はムカッとしたわけで、そう同じことにムカムカしたくない。 なんでまたその話から始めるのかなぁ・・・はんば呆れ気味に緑間くんを見やりながらため息をつく。 この議論?を自分で始めといてなんだけど、正直言ってここいらでもう終わりにしたい。 そう、今日と言う日はデートなのだから、大好きな彼との時間をこんな討論で終わらしたくはないのだ。 本屋へもあと少しの距離だし・・・ああ、本屋に行けば気分も少しは晴れるかな。 そう思っていざ緑間くんに声をかけようとした時、緑間くんが再度口を開いた。 ・・・また振り出しに戻る内容言われたら足でも踏んでやろうかな・・・。
「が気に食わないと言っているこれは今日のかに座のラッキーアイテムで俺には必要不可欠だ」
「(はーまた・・・)うん、そっかそっかもうこのわだ、」
「俺がと過ごす日を最高の一日にできるようになるべく大きいのを用意した」
「え?」
「・・・と一日いれるのに万が一のことがあったら嫌だろう?だから俺は今日も人事を尽くしているだけなのだよ」
きゅん、胸がときめく音がリアルに聞こえた。 彼を見上げる首がそろそろ疲れてきたなんてぼんやり思っていた思考も吹っ飛ぶ。 顔を覆い隠すように眼鏡の位置を直す・・・耳が赤い緑間くん。 ・・・そんなことを言われたらその不気味な魚捨てろなんてもう言えなくなっちゃうよ・・・。 抱き枕なみのサイズにもちゃんと理由があったとかさらに何も言えなくなる。 さっきまで文句がポンポン出ていた口も今や何の言葉も出てこない。 じわりじわりと熱くなっていく頬を隠すように今度は私が緑間くんの手をひいて歩き出す。 後ろで少し狼狽する緑間くん・・・ああ、本当にどうしようもなく好きだなぁ。 繋いだ手のひらから伝わるのは互いの体温よりも高い熱。 まだ暫くは振り返ることはできなさそう。 あと数メートルでたどり着く本屋さんまで、彼の顔が見れるようにこの熱が早く引くことを祈るしかなさそうだ。
思い描いていた理想のデートとはかけ離れていたけれど、それでも今日のデートは大成功だったといえる。
これも緑間くんの人事のおかげかな・・・なんて本人には口が裂けても言えない台詞です。
『今日の占い、1位はかに座のあなたです!
恋人がいる人はデートをするのがオススメ!
今日一日、とってもハッピーな一日になりますよ! ラッキーアイテムは、、、、』