放課後の教室。
珍しく俺は一人静かに自分の席に座って外を眺めていた。 いつもなら知らねぇ奴が俺に喧嘩を売ってきたり、臨也が視界に入ったりするから殺しに行ったりで忙しいのだが、 今日だけは違った。 なにもない、怖いくらいの平穏。 もう少しここでぼーっとしてから帰ろうか、そう考えていた時にガラリと扉が開く音がした。 ゆっくりとそちらに首を回せば、一人の女が突っ立っている。 その女の表情はきょとんとしていて、どうかしたのだろうか?と思ったが どうせ俺には関係ないことだろうと判断し、また目を窓の外に向けた。 しかし、どうやら俺は関係していたようだ。







「あ、ここにいたんだ」

「・・・?」







一瞬、誰に言っているかわからなかった。 けど、この教室いるのは俺だけで・・・。 とりあえず扉の方を見てみると、明らかその女は俺を見ていた。 そしてその女は俺の席まで向かってくる。 駄目だ・・・名前わかんねぇ。 多分クラスメイトであろう女の顔には見覚えがある。 名前はわからない、というか思い出せないが。 女は俺の席までたどりつくと、白く小さな手を俺に差し出してきた。 なんだ・・・? その行動の意味がわからない俺は女の手と顔を交互の見て首を傾げると、女は困ったように眉を下げた。







「あー・・・もしかして知らない?」

「・・・何を?」

「今日ね、古文のノートの提出なんだ」

「・・・は?」

「だからノートを回収しに来たの。先生に頼まれててさっき確認したら平和島くんだけ出てなくて」







それを聞いてここに来て俺に近づいてきた理由がわかったが、あいにく俺は提出できるようなノートはない。 つまりは、ノートを授業中取っていない。 故意に取っていないわけではない、ちょうど喧嘩やらに巻き込まれてなかなか授業に出られないのだ。 だから俺がノートを出すのを待っている女には申し訳ないが、出せるものはない。 少し逸らし気味の視線で口を開いた。







「・・・俺、ノート書いてねぇから。悪ぃな無駄なことさせちまって・・・」

「えっそうなの・・・!?」







目を見開いて驚く様に、逆に俺が驚く。 それからわたわたと端の席に向かい(多分そこがその女の席なのだろう)、机の中を漁りだしたと思ったら一冊のノートを持って俺のとこまで戻ってきた。







「ちょうど良かった!私のノートね、平和島くんの回収したら持って行こうと思って置きっぱなしだったの! はい、私の見せてあげるから今すぐ書いて!」

「は、え?」

「今回のノート提出はかなり平常点に入るって先生言ってたから平和島くんも出さないとまずいよ!」

「いや、俺は別に平常点とか、」

「駄目だよそんなこと言っちゃ!平常点は結構重要だよ!?提出6時までなんだから早く書いて!」







そう言って俺にノートを押し付け、女は前の席に座った。 そんなことをいきなり言われても、と思いその女を見るが「ほら、今5時だからあと1時間しかないよ!!」と焦り気味に言われたので渋々自分の机からノートを取り出した。 女のノートの表紙には綺麗な字で『古文 』と書かれている。 ・・・同じクラスだが聞いたことがない名前だ。 ・・・あまり他の奴と関わったことがないから当たり前のことか。 とりあえずその名前を忘れないよう脳に叩き込む。この先関わるかわからないがクラスメイトだから覚えといて損はないだろう。 。 ・・・脳に叩き込まなくても覚えていられそうな気がするのは、なんでだろうな。



綺麗な字で書かれている文はどれも見やすく、写しやすかった。 黙々とノートを写す俺の前の席に座るは俺のノートをじっと見つめている。 最初はなんとも思わなかったがだんだんと気まずくなってきて、ふと疑問に思ったことが口に出た。







「お前・・・・・・俺のこと怖くねぇのか?」

「なんで?」

「なんでってそりゃ・・・その、」

「?・・・あ、でも確かに最初は怖かったよ?」







あまりにも軽く言葉を返され、文字を書く手が止まった。 けどやっぱりなって思った・・・が、『最初は』という言葉に引っかかりを覚えた。 『最初は』ということは『今は』違うのだろうか・・・? ちらりと上目でを見れば、の細い指が俺の頭を指す。 ?俺の頭になんかついてんのか・・・?







「なんだよ」

「金髪だから」

「・・・・・・は?」

「金髪って不良のイメージって感じするでしょ?それで怖いなぁって思ってたの」

「あと喧嘩強いって聞いてたから。だけどこうやって真面目にノート写してるの見ると噂も当てにならないね!平和島くんはすごくいい人だ!」







ふふ、と笑いを漏らすに唖然としてしまう。 俺が、いい人・・・。 初めて言われたその言葉に胸がぎゅっとなった。 心なしか顔も熱くなってきたような気がする。 それを隠すように俺はまたノートにむかった。 今までまったく感じたことのない感情に、戸惑う。 なんだ、これ。 また沈黙が続くが、別に苦しくなるものではなく反対に心地が良いと感じてしまったのも、さらに俺の中で戸惑いを生んだ。



6時になる15分前。
案外早くノートを写し終わり、目の前に座って俺の作業を見ていたにノートを返して俺のノートも渡すと、元気良く「ありがとう!」と言われた。 一瞬、なんて言われたのかわからなかった。 俺の方こそ礼を言うべきなのに、なんでこいつが言うんだろうか。 予想外のことだらけで、心臓がすげぇドキドキしてうるさくて、妙に恥ずかしくなった。 ノートありがとな、という俺の礼は声が小さくなってしまってに聞こえたか不安だったが、 ちゃんと聞こえていたみたいで「どういたしまして」と明るい笑顔とともに返された。 ああ、やばい。まただ。・・・顔がすげー熱い。というか全身が熱い。 生まれてから一度も風邪を引いたことはなかったが・・・俺は風邪でも引いてしまったんだろうか? そんな疑問を抱きつつ、が俺のノートと自分のノートを持って教室の扉へ向かう姿を見つめる。 その後ろ姿を見て、俺は寂しい感じた。・・・・・・・・・あ?寂しい?なにがだ? いよいよ俺の思考回路までもがわからなくなってきた。 やっぱり風邪か・・・? 新羅に聞いてみた方が早いかなど考えていたら、教室から出るというところでがふいにこちらを振り返った。







「あ、そういえば平和島くんって今日誰かと帰る約束してるの?」

「いや、してねぇけど・・・」







むしろそんな約束一度もしたことがない。
とは言えなかった。何故だかにはそのことを知ってほしくない。・・・なんでだ? 俺がそう考えているとが小首を傾げて、俺にとって爆弾発言を投下する。







「だったら一緒に帰らない?」

「・・・は、ぁ!?」







思わず拳に力が入りすぎて、机にのめり込んだ。 まさか一緒に帰ろうと言われるとは思わなかった。 挨拶ぐらいはされんのかなとは思っていたが、・・・本当に何もかもが予想外すぎる。 こんなにも驚くことがあったか俺? 驚きすぎてのめり込んだ拳を戻すこともできない。 は俺の拳がのめり込む机に気付いていないのか怯えもせず驚きもせず、俺が何も言わないことに沈んだオーラを発し始めた。







「やっぱり駄目、かな・・・?」

「い、いや駄目じゃ・・・」

「でも平和島くんはぁ!?って言ったじゃん・・・い、嫌だったら無理しないでいいよ・・・?」

「!ちが、別に嫌なわけじゃ・・・つか、お前こそ嫌じゃないのかよ・・・」

「私?なんで?」

「俺といると・・・もしかしたら喧嘩に巻き込まれるかもしんないぞ」

「それは嫌だけど・・・折角平和島くんと友達になれたからもっと話したいんだよね・・・」

「友達・・・」







しゅんとしてしまったに、なんとも言い難い気持ちが胸を渦巻く。 さっきから戸惑ってばかりいたこの感情は、嬉しい、だ・・・。 たった少しの時間だけでもこんな俺に普通に接してくれて笑って話してくれた。 普通とはかけ離れている俺に、普通にしてくれた。 さらにこんな俺を友達と言ってくれた。 は全然俺のことを知らないからそんなことを言っているのはわかっている。 でも、それでも俺は嬉しかった。 きっとこのまま一緒にいたら、俺の暴力に巻き込まれるかもしれない。 それでもは俺ともっと話したいと言ってくれている。 今・・・やばいくらい、嬉しくて泣きそうだ。 机にのめり込んだままでいる拳をゆっくり引き抜いた。 少しばかり我侭を、化け物の俺でもしてもいいだろうか? 憧れたものを少しばかり、この手に掴んでもいいだろうか? じっと見つめれば、がへにゃりと笑った。 気の抜けるような、人を素直にさせるような、そんな笑顔。 それを見たら、深く考えてるのが馬鹿らしく思えてきた。 素直に、今俺が思ってることを言おう。 何か起きたら俺がなんとかすればいい。
だから、







「俺も、」







勇気を出して、いっぽ、人と関わりたい。







「俺も、もっと話したい・・・」







、と関わりたい。
最後の語尾が少し震えてしまった気がしたが、はそんなこと全く気にしていない様子でとても嬉しそうな顔で頷いてくれた。 その笑顔に俺は目が潤んだのは内緒だ。







「っ、だから早くそのノート出してこいよ。・・・待ってる、から」

「っうん!!絶対待っててね!」







教室を勢いよく飛び出して廊下を走る足音が遠ざかっていく。 その音にさえ、嬉しさを感じる。 待ち時間は嫌いだけど、今のこの時間は何故か穏やかで好きになれそうだ。 俺の喧嘩に巻き込んでも・・・・・・俺のこの力でを守れたら、いいな。

















友達、と帰り道。
(隣に誰かがいるだけで、こんなにも帰り道が変わるものなのかと思った)
(すげえ綺麗な夕焼け空に、小さく「ありがとう」と呟いた)