ただの興味本位だった。
竜ヶ峰帝人の姉が池袋にやってくるという情報があったから、
竜ヶ峰帝人という人間のことを深く知るために是非とも会っておこうと思ったのだ。
もとから彼女の顔は竜ヶ峰帝人を調べた際に彼女のことも調べてあったので、池袋駅でオタオタとしてる女が竜ヶ峰帝人の姉、竜ヶ峰とわかり即座に近づいた。
あのままこの人込みの中でオタオタとしていたら、竜ヶ峰は人にぶつかるだろう。
それをきっかけに俺は竜ヶ峰に近づこうと考える。
人に押され、よろけたところで腕を伸ばし支えてあげる。
それから優しく微笑んで「大丈夫ですか?」と言えば、大抵の女は落ちるものだ。
自分で言うのもなんだが、俺は眉目秀麗なんでね。
だから、俺は自信満々でこの計画は成功すると信じていた。
しかし、その俺の考えは見事打ち砕かれることとなる。
よろけた竜ヶ峰に腕を伸ばし支えたまでは良かった。
彼女の顔を覗き込んで、喋ろうとした瞬間・・・・・・左頬に衝撃が走り、俺は目を見開いた。
彼女を支えていた腕には何の温もりもなくなり、俺は呆然と左頬に手をあてる。
すると、焦ったような声が突然謝罪をし始めた。
「あっ・・・ご、ごごごごごめんなさい!!!」
「・・・」
「私っ男の人に触られるとついつい手が出てしまう体質でっ・・・助けて下さったのに・・・あああっ本当にごめんなさい!!」
泣きそうに顔を歪めながら話す竜ヶ峰を見て、状況をようやく理解する。
・・・俺、今、この子に殴られた。
叩かれたんじゃない、殴られた。
ヒリヒリジンジンしだした左頬は、きっと赤くなっていることだろう。
まさか・・・竜ヶ峰がそんな体質を持っていたとは知らなかった。
身を持って、こんな情報を得るなんてね・・・。
内心で溜息をつきつつ何と言おうか考えていたところ、竜ヶ峰は俺が怒っていると勘違いしてさらに泣きそうになっていた。
面倒だな・・・どうしよう、か。
「(あー・・・)いえ、気にしないでください。貴女が怪我をしなくてよかった」
「でででもっ逆にあなたに怪我をさせてしまいました・・・!い、痛かったですよね・・・?」
「(確かにめちゃくちゃ痛い)大丈夫ですよ。こう見えても僕、結構丈夫なんです」
「でも、」
「大丈夫ですから」
なおも謝罪を口にしようとしている竜ヶ峰の言葉の先を切る。
これじゃあいつまでたっても話ができない。
俺が丈夫というのは本当のことだ。
何しろあの化け物シズちゃんと殺り合ってるのだから、これぐらいじゃへこたれたりしない。
俺は竜ヶ峰を安心させるために、痛くないと言いながら殴られた頬を押して見せる。
実際は痛すぎて不覚にも泣きそうになったけど。
だが、俺のこの行動のおかげで漸く竜ヶ峰は少し安心したような表情を見せた。
ここで一気に竜ヶ峰を落とすか・・・?
いや、まだ、ダメかな・・・焦りは禁物だ。
俺は微笑んだまま、竜ヶ峰がよろめいた際に落とした荷物を拾う。
「あっありがとうございます!」
「いえ・・・でも、これ大きな荷物ですね・・・どこか旅行へ行かれる途中なんですか?」
「あ、いえ旅行というか・・・ちょっと一人暮らししてる弟のもとへ行こうとしてまして・・・」
「そうなんですか・・・それにしても、女性一人でこの荷物を持って行くのは大変でしょう?僕今暇を持て余してるので、よろしければその弟さんの家まで荷物持ちますよ」
少々強引なことはわかっているが、手っ取り早く竜ヶ峰を落とすにはこうでるしかないと思った。
長くここにいると厄介な化け者が邪魔に来ることはわかってる。
竜ヶ峰の荷物を持ち、俺は彼女に案内を促した。
***
「えっと・・・地図だとここ、ですね・・・。あの、本当にここまでありがとうございました!」
「いえいえ、僕がやりたいと思ってしたことですから、気にしないでください」
無事、大嫌いなシズちゃんとも遭遇することなく竜ヶ峰帝人が住むアパートまで彼女とともにたどり着いた。
道中ではひたすら竜ヶ峰にお礼を言われ、逆に困ったものだ。
まあこれで一応彼女を送り届けるという目的は果たしたからよしとする。
あとは竜ヶ峰が出歩いているときに偶然を装って再会!
うん、完璧すぎるよ俺。
彼女に今まで持っていた荷物を渡して、俺は帰ろうと踵を返すがすぐさま呼び止められて顔だけ後ろを振り返る。
「はい?」
「あのっお名前を教えていただけませんでしょうか・・・!?」
「ああ、そんな名乗るほどじゃありませんよ」
「その・・・お礼がしたいのですが・・・」
「・・・また会えますから気にしないでください」
「へ?」
おっと・・・俺は何を口走っているんだろうか。
俺の言葉に不思議そうに首を傾げた彼女を見て、咄嗟に片手で口を覆った。
少し伏し目がちになって申し訳なさそうに見上げられたら・・・こうね、なんか、グッとくるものがある。
これ以上ここにいたらまた余計なことを口走りそうな気がしたので、竜ヶ峰が納得できるような言い訳だけはしてさっさと退散しよう。
「(えーと、)僕、池袋にはよく来るんですよ。ですからきっとまた会えますよ。その時に僕の名前も言いますから」
「あ、はい・・・じゃあまたお会いした時にお礼をしますね!」
「っ・・・!!」
・・・今日初めて笑顔を見た・・・。
さっきまでの不安げな表情とは一変、晴れやかな笑顔で・・・一瞬俺の呼吸が止まった。
ついでに心臓も痛い・・・うわ、なんだこれ・・・。
ぎゅっと胸の辺りを押さえれば、笑顔のまま首を傾げる竜ヶ峰・・・。
・・・・・・・・うわ、マジやばいかもしれない。
どうしようもないくらいに胸がキュンキュン言ってる・・・!!
俺の一言で表情をコロコロ変える竜ヶ峰。
ものすごく可愛い、んですけど・・・どうしたらいいかな・・・!
「あ、あの・・・?」
「!あ、すいません!俺、(じゃなくて!)僕、用事を思い出しましたもう帰りますね!では、また今度!!さようなら!」
「えっあ、お、お気をつけて!本当にありがとうございましたーっ!絶対またお会いしましょうねーっ!!」
彼女が俺の顔を覗き込んできたことによって、本気で襲うところだった。
猛ダッシュで帝人君のアパートから、彼女から遠ざかる。
大きな声で言っていることに何か返してあげたかったけど、思うだけでそんなことできるほど余裕が残っていない。
結構走った。
あのアパートなんて見る影もない。
こんなに走ったのは・・・あーアレだ先週池袋来た時にケンタのおっさん抱えたシズちゃんに追いかけられた時だ胸糞悪い。
息切れが苦しくて一生懸命深呼吸を繰り返す。
その時にチラつくのは竜ヶ峰の、あの笑顔。
ああ、もしかしてこれは・・・・・・、
落とされたのは俺でした。
(そういえば俺・・・初めから『落とす』とか言ってたか・・・?)
(・・・竜ヶ峰、いや、のスリーサイズはいくつか今度調べておこう・・・)