彼はきっと私のことが大嫌いだ。
一生懸命マネージャー業を勤しんでいる私の邪魔をしてくるし、意地悪ばっかりしてくる。
名前だって一度も呼ばれたことない。
呼ぶときは大抵「オイ」とか「お前」とか「ブス」とか「バカ女」とか「アホ女」とか「ドジ」「マヌケ」などなど 悪口でしか呼ばれない。
私だって女の子だから、特に「ブス」という単語はかなり傷付く。
だからと言って彼に何かを言い返す勇気も度胸もない。
でもやっぱりそんなんじゃ悲しいしマネジとしても駄目だから、今日は不動くんと頑張って仲良くしてみようと思う。





「ふ、不動くん・・・」

「あ?」





いつもは私から彼にドリンクを渡しに行くことがないのだけど、 勇気を出して自分から話しかけてドリンクを持ってきてみた。
今日も今日とて一人でいる不動くんに近づくのは怖い。
事情を知っている秋ちゃんが心配そうに私を見てくるけど、大丈夫だよって意味を込めて秋ちゃんにウインクをする。
そうです、今日の私は一味違うんだから!





「あの・・・これドリンク、」

「そんなん見ればわかるっつの・・・なんだよ、ずいぶんと珍しいんだなあ。 俺が言わなくても自分からドリンク持ってくんなんてよお」





そりゃあいつも酷いことされたり言われたりしてたらドリンクとか持ってく気なんて失せるよ・・・。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべながら私からドリンクを受け取った不動くん。
補足すると、いつもは不動くんに言われるまで不動くんにはドリンクを渡しに行ったことはない。
というか他にもマネージャーがいるので、あえて不動くんに嫌われている私が行こうとは思わなかったのだ。
だけど不思議なことに毎回不動くんは私からドリンクを受け取っていた。
・・・いやむしろ奪い取っていたのが正しいか・・・。





「オイ、」

「な、なに?」

「タオルは?」

「あっごめん!ちょっと待ってて、今すぐ持ってくるから・・・!」





いつもドリンクと一緒に渡すタオルを忘れてた・・・!
不動くんにドリンクを渡すことだけ考えてからなぁ・・・!
駆け足でタオルを取りに行き、また駆け足で不動くんの元へ戻る。
はい、と手渡すとこれまたタオルも奪い取られた。
不動くんは普通に受け取るということはできないんだろうか・・・。
じぃっと不動くんを見ていると、タオルで汗を拭いていた不動くんが私を睨んだ。
あ、あれ?まだ何か足りないのかな?





「なに見てんだよ・・・」

「へ?えっと、特に理由はないけど・・・」

「だったりあんま見んなバーカ!」

「なぁ!?」





ただ見てただけで馬鹿ってなんなの!?
不動くんと仲良くしようとこうして頑張ってんのに・・・なんなのこの態度!
ありがとうの一言もなければ・・・馬鹿って・・・もうっ本当に信じられない!
今日こそは言ってやる!私だっていい加減我慢の限界だもん!
言ってやるぞ!
キッと不動くんを睨めば不動くんが一瞬たじろいだ。





「不動くん!!」

「っ、なんだよ」

「ば、ばーか!!!」

「は!?」





・・・・・・やってしまった。
不動くんへの仕返しを一生懸命考えたが何も浮かばず、出てきた言葉は「ばーか」って・・・私は小学生か!
でも暴言は暴言・・・何も言い返してこない辺り、絶対不動くん怒ってるよね・・・。
恐る恐る不動くんを見やれば、ポカンと口を開けて私を見ていた。
そんな顔初めて見たな・・・なんてのん気に思ってたら不動くんが顔を俯けた。どうしよう、こ、こわい・・・!





「おい・・・」

「(ひぃ!)は、はい・・・!」

「・・・あ「休憩終わりー!!練習するぞー!!」

「え」

「ふん!」





えっと・・・。
不動くんが何やら満足そうにしながらグラウンドに戻っていく。
なにか言ってたけど・・・円堂くんの声と被ってて全く聞こえなかった・・・とか。
どうしよう、今から練習だし聞きに行くのも・・・ていうか改めて聞き返していいのかな?
あんな表情を見せられたら逆に聞き返しに行くのはまずい気がするんだよね。
・・・うーん・・・うん、なんて言ったのかすごく気になるけどやめておこうっ。
触らぬ神はふんにゃらって言うし!
私、すっごく頑張ったもの!
不動くんとの距離が少しだけだけども縮んだ気がするので満足!
みんな練習に戻ったことだし、私もマネジ仕事を再開するために秋ちゃん達のところへ戻る。
心配してくれていたマネジのみんなに頑張ったこと報告するぞー!









前進遂行!










*数分前*



可愛すぎてしぬ。
ありえねぇ、なんだコイツ。
なりの精一杯の悪口だったんだろう・・・にしても「ば、ばーか!」って!
小学生かよ可愛いじゃねぇかちくしょう。
やべぇ顔上げたらにやけてんのバレんな・・・ちくしょう可愛い・・・。


いつの間にかこの俺が好きになっていた女、
顔は普通、中身も至って普通。
だが気付いたら好きになった。
マジで本当に気付いたらだった。
いつだって俺の目が追うのは
気になるのも、ドリンクやタオル受け取るのも、笑顔見てたいとか困らせたいとかとりあえず見つめてたいのが
・・・まぁな、自分でもわかってるんだよ。
なんかこれじゃあ俺って・・・ストーカーみてぇじゃね?
けどしょうがねぇよな。あいつが可愛すぎるのが悪い。
あーつか今日はからドリンクとタオル持って来てくれたんだよな・・・
・・・・・・今日こそちゃんと礼言うか・・・。
いつも俺のために悪いなって・・・うおおおなんか恥ずかしいじゃねぇか!
で、でも、いつも世話になってるしな・・・礼のひとつくらいはしねぇとな・・・。
よし、





「おい・・・(かわいい・・・)」

「は、はい・・・!」

「・・・ありがとうな」
「休憩終わりー!!練習するぞー!!」

「え」

「ふん!」





い、えた・・・!
しかもいいタイミングで休憩終了の声。
俺は言い逃げのごとくの反応はロクに見ずグラウンドに戻る。
あー・・・俺にしてはなかなか頑張ったよな、うん
これでまた少し、に近づけた気がするぜ・・・






前進完了!
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