円堂さんは憧れの人だ。
すべてにおいて尊敬できる。
サッカーだけじゃなく人としても、だ。
そんな憧れの人と同じチームで一緒にサッカーをやれて嬉しくないわけがない。
毎日が楽しくて楽しくてしょがなかった。
そりゃあもちろん練習はきついけど、それ以上に楽しいという感情の方が強い。
それが、最近は・・・楽しいと思えなくなっている。
別にサッカーが嫌いになったとかではない。
なんだか・・・無性にイライラするのだ。
サッカーの練習中に見かける光景に。
「守ータオルとドリンク持ってきたー」
「おーサンキュー!」
たった、これだけのことで、俺の胃の中は非常にムカムカしている。
なんでかわからない。
俺の憧れである円堂さんと、マネージャーであるさんの、ごく普通のやりとり。
部員とマネージャーの、ごく普通のやりとりだ。
ただ、他の部員とマネージャーより二人は仲が良い。
なんでも二人は幼稚園からの付き合いだと聞いた。
それなら仕方がないといえば仕方がない。
そう思っているのに、どうしてか俺はそのやりとりにものすごくイライラしている。
俺だってさっきさんからドリンクとタオルを渡してもらった。
その時はすごく胸がドキドキして顔がやばいくらいニヤけてたと思う。
(今の俺は・・・きっとひどい顔をしてるんだろう。)
さっき俺に話しかけてきた綱海さんが小さく悲鳴をあげたくらいだ。
まあ自分でも自覚は・・・してる。
だからと言って、それを隠せる方法を俺は知らない。
(・・・いっそのこと、今日の練習はもうやめようかな?)
そう思って俯くと、下に向けた視界にスニーカーが飛び込んできた。
見覚えのあるスニーカーに顔をあげると、そこにはさっきまで円堂さんと一緒にいたさんが立っている。
驚いてドリンク落としかけてしまった。
(あ、危なかった・・・!)
「ど、どうしたんですか・・・?」
「立向居くん・・・」
「は、はい!」
「どうしたはこっちの台詞。今日はどうしたの?なんかボーっとしがちだよ?しかも眉間に皺なんか寄せちゃって。悩み事?」
「あ、いえ、なんでもないです!ボーっとしてたのもただの考え事ですし・・・!」
「本当?」
心配そうに俺の顔を覗き込むさんに胸がドキドキとしてうるさかった。
とにかくさんとの距離が、近い。
微かにいい香りもして頭がクラクラする。
(どうしよう、俺、おかしいかも・・・。)
それにさんが俺の心配をして、わざわざ俺のところに来てくれて、もうどうしようもなく顔が緩む。
(こんなこと思うなんて、やっぱり俺、おかしいかもしれない・・・)
「・・・まあ、なんでもないって言うならいいんだけどさ・・・あんまり無理はしちゃダメだよ?」
「はい・・・ありがとうございます、さん」
「いーえ。マネジが選手の心配するのは当然のことだから」
素直にお礼を言えば、さんはにこりと笑って俺の頭を優しく撫でてくれた。
(ああ、すごく、嬉しい。)
本当はなんでもなくはないけど、自分でもよくわからないので説明しようがない。
嘘をついているようで心苦しかったけど・・・しょうがないと自分に言い聞かせる。
しばらく撫でてもらっていたが休憩終了の声を聞き、名残惜しいがさんから離れていった。
さんも他のマネージャーの方々に呼ばれてベンチの方へ戻っていく。
(う、すごく残念だ・・・。)
せっかくさんと二人っきりだったのに・・・、そう思うと余計がっくりくる。
サッカーできて嬉しいけど、今の俺じゃ何もうまくいかない気がする・・・。
はあ、と溜息を零すとベンチからさんが「がんばれ立向居くん!」と言っているのが聞こえた。
(っっっやばい・・・!!)
一気にやる気が満ち溢れてきて、さっきまでの憂鬱さが嘘みたいに、今ならなんでもできる気がする。
いきなり調子のでてきた俺に綱海さんが驚きつつも、にかりと笑ってどんどんシュートを打ってきた。
(ああ、やっぱりサッカーは楽しい!)
***
「ホント立向居はのこと好きだな」
「・・・へ?」
「ががんばれって言っただけであのやる気だもんなーわかりやすすぎだぜお前!」
練習が終わったあと、綱海さんが俺の背中をバシンと叩いてニヤニヤしながら俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でだした。
いつもならやめてくださいよ、と言うところだが・・・あれ?今綱海さんはなんて言ったんだろうか?
綱海さんが言った言葉に俺の脳がうまく働かず、きちんと処理をしてくれない。
(えっと・・・立向居は、のこと、好きだな・・・?
つまり、俺が、さんのこと・・・好き・・・?
俺が、さんを・・・好き・・・。)
そこでハッとなった。
さっきのイライラしていた理由がだんだんと自分でわかり始める。
なんで気付かなかったんだろう。
こんなにも俺はさんのことばかり見ていたのに、こんなにもさんのことばっかり考えていたのに。
自分の鈍さに恥ずかしくなってくる。
(イライラの理由・・・、嫉妬だ・・・)
そう自覚すると顔に熱が集中した。
(俺はさんが好きだから、それで円堂さんと一緒にいるところを見てイライラしてたんだ・・・。)
憧れの人に、誰よりも尊敬する人に、俺は嫉妬してたんだ。
誰よりも彼女に近かったから・・・、憧れではなく恋敵として見てしまったから。
これで全て納得がいった。
簡単で単純なことに今まで気付かなかった自分にも驚いてしまう。
・・・だけど、もう気付いてしまった。
自覚、した。
きっと、これは、俺の今後を大きく左右するだろう。
加速しだす、恋。
「おーい、立向居ー?」
ぴたりと動きを止めた俺の名前を綱海さんが呼ぶ。
しかし俺は視線を綱海さんじゃなくて、ベンチに座って木野さん達と話をしているさんに移した。
彼女を視界にいれただけで、胸が激しく鼓動する。
(ああ、好きだ・・・)
自覚してしまった、もう止められない。
どんどん彼女を思う気持ちが溢れて増していく。
「・・・俺、さんが、好きです」
「お、おう?そ、そうか」
自分に確認するように呟けば、
綱海さんが戸惑ったように返事をした。