それは俺の中では日常的のやり取りで、しかしあの人にとっては衝撃的な出会いだったらしい。










君の瞳に恋してる。










あれは部活へ向かういつもの廊下でのこと。
偶然謙也さんと会い、一緒に歩いていたところだった。
謙也さんが一方的に話してるのをはいはいと受け流していると、 後ろからとてつもなく大きく明るい声で俺の名前が呼ばれて自然と俺の顔が歪む。






「光くん!!光くん!!光くん!!」

「喧しいわ。大声でなんやねん」






俺の名前を連呼しながらきた奴は
こいつはこの前東京から転校してきた奴だ。
見た目は大人しそうな文学少女っぽいのだが、中身はただのオタクである。
しかも腐った型の・・・所謂腐女子というものだ。
たまたま俺のクラスに転校してきて、たまたま俺の隣の席になって、たまたま俺のウォークマンの画面(初音ミクなどのまあそういう系)を見られて、 たまたま・・・そうたまたまが起こした偶然に変な仲間意識を持たれよく絡まれるようになった。
本当にあの時の俺は迂闊やったわ・・・。
過去の自分を思い出して舌打ちをすると何故か隣にいる謙也さんが肩をビクつかせてた。
それに気付くことなく、むしろ謙也さんがいることすら気付かずはペラペラといつもの調子で喋り出す。
耳を塞ぐ時間すらくれない・・・本間やかましいわ。






「光くん光くん!」

「せやからなんやねん」

「光くん今日の夜空いてる?空いてたらスカイプやろう!」

「は?お前話長いから嫌や」

「えーそんなこと言わないでよー!ねっ?お願い!」






パシンと両手の顔の前に合わせてそんなことを言ってくるが、俺明日朝練やねん。
朝早いねん。お前話長いねん。俺寝れへんやん。
さらに上目遣いとか、お前別に可愛えないから何も思わんわ。
そういう仕草こそミクが似合うねん。
とかなんとか思っていたが口には出さず自分の中に飲み込んだ。
これ言ったあとのは「何言ってるの!上目遣いでクラっとくるのはリンだよ!」と五月蠅い。
あいつは俺と違ってリン派やねん、いや、リンも可愛えけどやっぱミクやろ。
そんなことを思っていると「ねー光くんおねがいー!」とか俺の服を握ってガクガク揺すってくる。
あーうざい・・・。
ちゅうか変に力強いねん、首もげるわボケ。
俺の服を掴んでいる手を掴んでやめさせ、ぺいっとを謙也さんに投げた。






「うおっ!」

「きゃわ!わ、わわっわわ、すみません!!」

「え、あっ、おっ、おおおん!」

「光くん!何すんの!」






謙也さんは不意打ちだったのにも関わらず投げたをちゃんと抱きとめたが、顔を真っ赤にして硬直しどもる。
実に決まらない男だ。
はというと最初は顔を赤くしたがすぐにいつもの顔色に戻り、謙也さんに謝ってから俺を睨んできた。
ウザかったからつい、なんて言ったらまた揺すられるだろうなと思い、とりあえず「すまん」と全く気持ちのこもってない謝罪をしとく。
するとそれが不満だったらしくぷくっと頬を膨らませ、は俺の背中を一発叩いてきよった。
思わずむせる・・・本間にコイツは自分の力強さわかってへんやろ・・・いった・・・。
さすりさすり、自分の背中を撫でを睨むが、想像以上に不細工な顔をして怒っていたので一瞬で睨むのをやめて廊下を眺めた。
あー・・・早よ機嫌直しとかんとめんどそうやな・・・と思った矢先、ある意味予感が的中で俺が折れるしかない条件をは出してきた。






「私怒ったよ!これスカイプするまで許さないよ!光くんが寝てる授業のノートも貸さないよ!」

「・・・あー、もうわかったわかった。スカイプしたるからノート貸せ」

「!ありがとうっ光くん!これからもノート頑張るね!」

「はいはい」






約束だよ!と勝手に小指を絡められ指きりまでさせられた。
こいつどんだけスカイプしたいねん。
はあとため息をついても、嬉しそうにきゃっきゃっ笑ってるには聞こえないらしい。
今夜は覚悟しとった方がええみたいやな・・・。
のテンションを見るに、いつもより長話になるのは確定だろう。






「それじゃあまた夜にね!部活頑張って!」

「おん、あ、ログインした瞬間に通話してきたらシカトするからな。ええか、チャット送ってから通話しろ」

「はーい。・・・あっ、先程はすみませんでした・・・えっと、先輩も部活頑張ってください?では!」

「お、あ、ありがとう!」






ぺこっとお辞儀をしては去っていった。
部活前だというのにこの疲労感、どうしてくれよう・・・。
もう俺も歳なんかな・・・ぼんやりと16歳の重みを感じた。
まぁこんなんオサムちゃんに聞かれたらどやされそうやけどな。
さてと、テニスバックを背負い直して部活に行くかと思った時だった。
まだ顔を赤くしたままぽけっとしとった謙也さんがぽつり、放課後で五月蠅い廊下の喧騒の中、何かを呟いた。
当然聞き取れなかった俺は「は?」とだけ返すと、謙也さんが口をもごもごさせる。
それに対して純粋にキショ・・・と思いつつ、「なんすか」と聞けば、これまた小声だったが「あの子の名前なんて言うん?」と謙也さんは言った。
だから普通に「っす。ただアホですわ」そう返して進もうとしたら、今度はありえない単語が俺の耳に入る。






「え?今なんて・・・」

「いや、さんってかわええなって・・・」

「いや・・・はい?」

「俺・・・さんに一目惚れしてもうたわ・・・」

「・・・はぁ!?」






驚きのあまりテニスバックは肩からずれ落ち、口からは素っ頓狂な声が出た。
まじまじと謙也さんを見るが・・・どうやら今の発言は本気らしい・・・。
右手で口元を隠しているが謙也さんは茹蛸みたいに顔が真っ赤で・・・正直ドン引きだ。
男の赤面とか誰得・・・。
と言うか、その前にあのやり取りを見て、アイツのどこに可愛さを見出し一目惚れしたのかが知りたい。
謙也さんって頭も残念であれば目も残念なんか・・・?
可哀想通り越して憐れに思えてきたわ・・・。
同情の気持ちで一杯になった俺にはもちろん気付いてない謙也さんが惚けた顔での名前を呟いたのを聞いてこれは重症やなと判断する。
これから・・・俺めっちゃ面倒なことに巻き込まれそうな気するわ。
そう思いながら悶々としている謙也さんを置いて俺は早々に部活へ向かった。