“友達”というのはとてもいいものだ。
僕がずっと求めていたものだし、失いたくない。
だが、今の僕にはその“友達”という言葉は重い足枷にすぎない。
「花京院帰るよー」
「うん」
「今日本屋寄りたーい」
「漫画?」
「何故わかった・・・!」
「が本屋に用があるのなんて漫画買いに行くだけだろ」
「花京院だって漫画買うじゃん!」
「僕は小説も買ったりします」
「私も買うよ!」
「見たことない」
「バレたか!」
僕は今、あの目まぐるしかった50日間は嘘のように、穏やかな生活・・・どこにでもあるような学生生活を送っている。
彼女とはその旅の中で確かな関係性を築き、今もこうして行動を共にしていた。
承太郎も去年まで一緒に行動をしていたが、彼は今海の向こうのアメリカに留学している。
たまに送られてくる写真と一言だけのエアメールに、僕と彼女はいつも笑ってしまう。
彼女との会話は気兼ねないし、 何より彼女の隣は落ち着く。
彼女は僕にとって・・・特別な人だ。
今の僕達の距離は周りの人が見たらどう思うんだろう。
恋人同士に見えたり、するのだろうか?
手を少し伸ばせば、君の手なんてすぐに捕まえられる。
それなのに、・・・それなのに、見えない壁があるかのように僕は彼女に触れられないんだ。
『いつでも私は、あんたの友達で味方だよ』
すごく嬉しくて、僕は君に同じ言葉を返したね。
そしたら君もすごく嬉しそうに笑ってくれた。
彼女と同じ気持ちが、こんなにも嬉しくて泣きたくなるくらい幸せなんだって思った。
だけど、僕は・・・いつからこの関係に満足できなくなったんだろうな。
今はまだ"友達"だから彼女の隣にいられるけど、この先何年何十年経った時、僕は彼女の隣でいられるかどうかなんてわからない。
"恋人"という存在ができたら簡単に彼女の隣は奪われてしまう。
そう思ったら胸が苦しくなって不快感が込み上げる。
僕は君の手を繋ぎとめられる存在になりたい。
「花京院?なんか顔怖いけど大丈夫?」
「・・・失礼な言い方するね」
「すまん、これが私だ」
「知ってる」
「ですよねー」
隣を歩く彼女が楽しそうに声をあげて笑う。
今、その笑顔に一番近いの僕なんだ。
この問題は・・・なんて難しくなんてない、僕自身の気持ちが問題だ。
僕が考えすぎて難しくしているだけ。
承太郎がこんな僕を見たらなんて言うだろう・・・。
「うじうじしてんじゃあないぜ」って言ったあといつもの口癖を口にするのかな?
こんな時に承太郎がいてくれたらいいのに、なんて、いたらいたで彼女と仲がいい彼に嫉妬するのだから、なんだか自分が情けなくなった。
胸の重荷を少しでも軽くするように溜息をつくと、「幸せ逃げちゃうよー?」とすかさず彼女が言う。
君といる限り幸せは逃げてかないよ、と言うわけにはいかないから僕は苦笑いで返した。
ああ、来年、僕らはどうしてるのか全く想像がつかないな。
彼女と一緒にいられたらいいのだけど、 彼女が僕と一緒の大学を受験してくれるとは思わないし、 かといって僕が彼女の大学に合わせるのもおかしいと思われる。
学力の差が・・・ちょっとなぁ・・・。
またひとつ口から溜息が零れ落ちる。
大学が別々になってしまったとしても・・・それでも、傍にいたいと思うんだ。
君の傍にいたい・・・これが彼女に言えたらどんなにいいことだろう・・・。
本屋について、僕は小説コーナーへ彼女は漫画コーナーへ一目散に向かう。
彼女は漫画選びにかなり時間がかかるから、僕はゆっくりと欲しいものを探す。
だが、参考書コーナーにも向かわなければならないことを思い出し、小説コーナーは欲しいものをすぐ手に取り早々に切り上げる。
参考書はどれも分厚いのばかりで持って帰るのが少し億劫だなぁと軽い鞄を揺らす。
受験というのは実に嫌なものだと思う・・・このままずっと高校生でいられたら彼女と離れることなんてないのに。
実に幼稚な自分の思考に辟易しつつ、辿りついた参考書コーナーに見慣れた姿を見つけて思わず立ち止まってしまった。
はて・・・彼女は漫画を見ていたのでは?
あまりも珍しい光景に僕はしばらく見入ってしまう。
めったに見ることない真剣な表情で参考書を見ている彼女に声をかけようか迷うけど、僕もそこに用があるしと数分の間をおいてから彼女に声をかけた。
「がここ見に来るの珍しいな・・・漫画は?」
「え?あー、うん、買うけど、こっちのが目的だし」
「そっか」
「うん」
「その参考書なかなかレベル高いけど・・・が受けるところそんなにレベル高かったっけ?」
えーっと、と歯切れ悪くが口ごもる。
その様子に僕は首を傾げた。
僕の記憶が正しければ、彼女は推薦で大学に行くと言っていたから参考書なんていらないと思ったのだけど・・・進路変更でもしたのか?
彼女のことをじっと見ていると、気まずそうに参考書で顔を隠した。
どういうことか詳しく問い詰めようと口を開けかけたところ、彼女が小さく言葉をこぼす。
「え?ごめん、なんて言ったんだい?聞き取れなかった」
「・・・いや、だからさ、その、私頭悪いじゃん?」
「・・・まあ、良くはないね」
「軽く否定してよ」
「嘘は良くないから」
「そうですねー・・・だから、つまり、参考書を・・・」
「?どういうこと?」
「進路変更しまして・・・」
「結構レベル高いとこ?」
「花京院と同じとこ」
「・・・え?」
あー、合格して実は一緒の大学なんだよーって驚かせようと思ったのにー!ここで見つかるとは!
と彼女が悔しそうに参考書を片手に僕を殴る。
痛い、本当に痛い・・・けど、痛みより喜びのが勝ってしまって僕の頬が緩む。
なんで、とか、どうして、とか聞きたいことはたくさんあるけど、また彼女と一緒にいれるんだと思うと嬉しくてしょうがない。
どんな真意で僕と同じ大学を受験するのかはわからない、でも、 彼女が僕と少しでも一緒にいたいと思ってくれてのことだったら、僕は・・・そろそろ覚悟を決めなくてはならない。
僕と同じ大学に入るためには彼女は相当勉強しなくてはならないだろう、僕はもちろん手伝う気満々だ。
絶対に受かってもらわなくてはと思う。
もちろんそれは彼女のためもあるが、僕のためでもある。
そして、二人一緒に合格して、・・・僕は君と新しい関係を築きたい。
参考書を持って少しだけふて腐れた様子の彼女を見つめる。
きょとんと僕を見上げる瞳はいつだってキラキラと輝いていて僕は好きだ。
踏み出す覚悟はできた・・・あとは、その時がくるまで待つのみ。
「絶対受かろうね、」
「・・・もちろんですとも」
その言葉にお互い顔を見合わせて笑う。 僕もと同じ参考書を手にとって、持っていた新刊は元のところへ置いて会計へ向かうことにする。 それにが不思議そうな顔をしたので「お小遣い足りなかった」と言うと大爆笑された。 しょうがないだろう、僕はまだバイトをしたことないんだから。 だが、僕を笑っていたも結局お金が足りなくて漫画の新刊を諦めていたので、僕はお返しとばかりに鼻で笑っておいた。 本屋からの帰り道、まだ気が早いが僕達は大学生活をどんな風に過ごしたいかを話した。 どれもおかしくて楽しそうで面白そうで今から楽しみなことばかりが溢れている。 ・・・そこでやっぱり思ったのが・・・僕は"友達"としてではなく、"恋人"として大学生活を華やかに過ごしたいなと言うことだった。 だから、早く僕が踏み出せる時が来るのが待ち遠しいよ。
一歩を踏み出す勇気
僕の一歩が、君との距離を0にしたい。