例えば、ずっとずっと好きだったやつがいる。
赤ちゃんからの知り合いで、物心ついたときから好きなやつだ。
そいつが可愛らしく頬を赤く染めながら
「彼氏ができた」
なんて言ったとしよう。
「そっか、おめでとう」
・・・・なんていえるわけがなく、
俺は他に何かを聞く前に
「お前なんてさっさと振られちまえバーカ!!」
と言ってその場から逃げ出した。
それが昨日のこと。
そして現在、
「あのさぁ、昨日のなんなわけ?」
「別に・・・」
「別にじゃないでしょ。あんたはエルカ様か。それに今日のは何?あたしが何度呼んでも逃げたりシカトしたりしてさ、あんたはあたしに喧嘩売ってんのか?」
正座させられてる俺の前に恐ろしいぐらい不機嫌な顔で仁王立ちし見下ろしてくる様は、
いくら好きなやつといえど恐怖以外の何物でもない。
今日は昨日の例の話をされまいと朝からこの放課後までこいつから逃げまわっていた。
またその話されたって俺はまともに聞けないし、昨日みたくひどいこと言うと思ったからだ。
全然大人じゃない俺はガキなことしかできない。
だが、あと少しで部活で完全に逃げ切れるという気持ちが俺を油断させた。
男子便所から悠々と出てきた俺の腕は何か強い力に引っ張られ視界が反転し、背中に強い衝撃。
クラクラするのと痛みで視界がぼやけながらも、見えたのは天井プラスこいつの顔。
そこで俺は見事背負い投げをされたことを理解した。男子便所の前で。
それでまんまとこいつに捕まってしまった俺は正座しているわけで・・・はぁついてねー。
「何黙ってるわけ?なんとか言いなさいよ」
「・・・」
「赤也、仏の顔は三度までって知ってる?」
「・・・知ってる」
「じゃあ黙ってないでさっさと言いなさいよ。なんで昨日はあんなこと言って、今日は避け続けてたんですかー?」
「いでででで!!」
俺の耳を引っ張って嬉しそうにしてるこいつはマジでSじゃね!?だからって俺はMになる気ねぇんだけど!
痛む耳に顔をしかめながら、それでも理由を口にしない俺に今度はが顔をしかめた。
「あのねぇ・・・あんたのそのお口はおかざりなんですかぁ?」
「・・・」
「・・・ちょっと、ホントいい加減にしてよね。せっかくあんたに話したのにその反応なんなの?」
好きだと思っても、そんな態度一切出さないし、いやむしろ出せねぇし。
だからいつのまにか俺のポジションは幼馴染で親友になっていた。
なんでも話せる気の合うやつ。
それはそれでいいと思ってたけど・・・やっぱ俺としてはちゃんと男として見て欲しかった。
なんていうか・・・彼氏ができたとか、一番聞きたくなかったし。
むしろ俺が彼氏が良かった。
別に、せっかくとかそんなことしなくていい。
俺は、
「俺は認めねぇから」
「・・・は?」
「俺のがずっとそばにいたのに、なんで彼氏なんて作るんだよ」
「え・・・赤也?」
「俺のが絶対お前のこと好きだ!」
「・・・え、え、ええええ!?」
困ったとき、唇を一回噛んで右側に体が傾くのがの癖だ。
俺は赤ちゃんの時からずっと一緒でずっと見てきた。
の好きなとこいっぱい言えるし、逆に嫌なとこだっていっぱい言える。
他の奴らじゃわかんない癖とか、俺ならいっぱい知ってるんだ。
なのに、どうして俺じゃないんだよ。
誰よりも好きだよ、俺は何よりも誰よりもお前が好き。
「え、えっと、え?あ、赤也?なにそれ・・・ちょ、ちょっとやめてよね!そういう冗談!」
「冗談じゃねぇよ!俺はずっと前から好きだった!」
「ずっと前からっていつからよ!」
「赤ちゃんから!」
「赤ちゃんはまだそんな感情ないわよ馬鹿!」
「でも俺はそんくらい前から好きだ!」
俺が大きな声でそう言ったら、の顔がみるみるうちに真っ赤になっていった。
耳を掴んでいた手の力もだんだん緩んでいって俺から離れる。
俺も自分の言ったことに少しずつ恥ずかしさが出てきて・・・うわーマジなんか顔熱いんですけど!
お互いが黙っちゃって、気まずい沈黙が続く。
・・・だけど、今こんなこと思うのもあれなんだけど・・・
足、しびれてきた。
「な、なぁ」
「!!な、なに!?」
「その、・・・足しびれてきたんだけど・・・」
「は、ぁ!?」
「お前が正座なんてさせるからだろ!」
「なっ・・・も、元はと言えばあんたが悪いんでしょ!あーホントあんたって信じらんない!そこでずっと正座してなさいよ!馬鹿!」
「ばっ、ちょっ、!?」
そう言うやいなやはダッシュで俺の前から走り去る。
え、ちょ、マジかよ・・・。
男子便所の前で一歩も動けないというか立てない俺・・・だせぇ・・・。
足のしびれにもぞもぞとしながらとりあえずポケットから携帯を取り出した。
「もしもーし」
『あーもしもし?』
「丸井先輩ー俺、今日部活遅れますから」
『は?なんでだよ』
「正座しながら告白したら足しびれました。だから動けないんすよ」
『うっわ何だせぇことしてんだお前!』
きちんと理由を告げれば、丸井先輩に電話越しに大爆笑された。
ちくしょう、俺だってダサいと思ってるっつの。
用件は告げたからすぐ切ろうと思うのに、ゲラゲラ笑う先輩のせいで切っていいのかわかんねぇ。
つか、丸井先輩の爆笑加減にかなりムカつく。
いつまで経っても笑いが収まりそうもない丸井先輩に一言「じゃあ伝えといてくださいね!お願いします!」と
言って携帯を切ってやった。
あー失敗した、電話すんならジャッカル先輩にすりゃ良かったや。
そんなことを思いながら、さっきのあいつの真っ赤に染まった顔を思い出した。
(あんな顔見たら余計諦めらんねーよ、バーカ。)
俺、ガキだから。
30分後、しびれから解放され部活に向かった俺をこの世の恐ろしい化け物全部混ぜたみたいな顔した真田副部長が待ち受けていたとはこの時知る由もなかった。