生徒がいなくなった静かな放課後の教室。
わあああんと顔をぐちゃぐちゃにしながら泣く女、先輩。
はあと溜息をついてそれを慰めもせず見てるだけの男、俺。





「、うっ、ひぃ、もっ、もぉいややぁっ・・・!!うああんっ!!」

「あーあーそうっすねー俺も嫌っすわー」

「光のっ、ばか、ぁ!」

「それ先輩に言われたらお終いですわ」





涙で汚い顔が俺を睨む。
あーブッサイクすぎて笑えるわ。
プッと吹き出せば、さっき鼻をかんでたティッシュを投げてきた。
本間汚い。なんなんこの女。





「お、おまっ、なんてなぁ、ひぅ、」

「あ、鼻水垂れとる。汚っ」

「お、おまっ、おまえ、はっ!な、泣いてるじょ、しに、ぅう、なんちゅー、っこと、言うんやぁ!!」

「ほならもっと女らしい泣き方して下さいよ。今の先輩はとてもじゃないけど、女子には見えへんって」

「しねっ、っ!!」





またティッシュを投げられた。 (その姿は女子じゃなくゴリラにしか見えない)
投げられたティッシュは教室の床にべちゃっと音を立てて落ちた。
うわー汚すぎるやろ・・・。
可哀想なティッシュと床を見つめるけど拾うつもりは毛頭ない。
別にここ俺の教室とちゃうし。まあ自分の教室でも拾わんけど。
はあ、またおっきな溜息が俺の口からもれる。
せっかくの部活ない日をまさかこんな風に使われるとは思わなかった。
目の前には相変わらず大泣きしている眼元は化粧が落ちてパンダなゴリラ女先輩。
本間ないわ。





「せやからあの人はやめた方がええ言うたやないですか」

「うっ、うぅ、でも、やさしかっ、ったんや、もん・・・」

「それやったら先輩は優しければ誰でもいいと思われますよ?」

「そう、ずずっ、言うわけ、やない、ぃ!」

「先輩は単純すぎなんやて」





また鼻水が垂れそうなのが見えたので、先輩の顔にティッシュを押し付けてやった。
「ぶふぅっ!」とか間抜けな声が聞こえたけど、俺は聞こえないフリをしてぐりぐりと押し付けてやる。
その汚い鼻水とともに、そんなしょーもない恋心も出してしまえと思った。


もともとあの人には女癖が悪いという噂がたくさんあった。
それなのにちょっと優しくしてもらったからって(まあ顔もええっていうのもあったと思うけど)先輩はあっさりあの人に惚れちゃって 告白して、付き合って、あっちにしてみればちょうどいい遊び相手だみたいにしか思われてなかったと思う。
けど、先輩は本気で好きで尽くしてなんでもやっていた。
馬鹿としか言いようがない。
俺はあの人が先輩以外に彼女がいることは知っていた。
だから先輩にだってちゃんと言った。
でも先輩は俺の言うことなんか一切信じないで、あの人のことを信じていた。
で、結果がこれや。
他の女とのキスシーンを見て、事実を本人から言われ、振られた。
頑張ったらしい化粧も今やただの化け物メイクになっとる。





「ひ、ひか、る!い、いたい、っちゅーねん!!」

「あーはいはい汚い顔は拭きましょうねー」

「おっま、ほん、っまに、しばくぞ、・・・!」





バシンと手を叩かれ先輩の顔からティッシュを放すと、化粧が完全に落ちていていつもの先輩に戻っていた。
頑張ったとか言っとったが、あの化粧は正直言って先輩には似合っていない。
この人はありのままの姿の方がいいと思う。





「あー、もー・・・光と話し、とると、うっ、何もかもが、どぉで、も・・・ようなってきたわ、ぼけっ!」

「へーそりゃ良かったっすね」





先輩がすごい音を立てて鼻をかんだ。
暫くかみ続け、ティッシュの山ができた。
しかしそのティッシュは投げないで普通にゴミ箱に捨てる先輩。
ふと見た時、先輩の顔にはもう涙は流れていなかった。
ただ兎みたいに目を赤くして、罰が悪そうに笑う。
それから少し晴れやかな表情になり、「帰るか!」と一言言って伸びをした。


・・・先輩は本間に忙しい人や。
さっきまで涙とともに鼻水も流しながら大泣きしていたというのに、今はその気配すらない。
ころころ変わる表情に目が離せなくて困る。
足早に先輩が教室を出て行くのを見て、苦笑を零して俺もそれに続く。





***





「なー光ー」

「なんすか」

「私の顔、平気、かな」

「不細工っすよ」

「しばくで?ったく、光はかわえないなー先輩がズタボロになっとっても慰めもせぇへんし」

「慰める気も失せるほど酷い顔やったんで」

「なんやお前本間にしばかれたいんか、ん?」

「冗談っすわ」

「冗談に聞こえへんっちゅうねん!・・・まあ、自分でも酷い顔やったとは思うけどな」





そう言って先輩はちょっと恥ずかしそうに目線を下げた。
この、たまに見せる女子らしい仕草が俺は好きだったりする。
・・・絶対に言わへんけどな。





「あー、まー、あれやな、先輩やのに恥ずかしいとこ見せてしまったし、」

「先輩の恥ずかしいとこなんていつもやないっすか」

「うっさいわ阿呆!とにかくや、今日は迷惑をかけてしまったことやし何か奢ったる!」

「本間すか。んじゃぜんざいで」

「言うと思た!ほな行くか!」





ニカッと笑って走り出す先輩。
その姿に少しだけホッとする俺。
これこそいつもの先輩だ。




男の見る目なくて人の話聞かなくて泣き方汚くて五月蠅くて女の魅力ほとんどゼロで馬鹿でどうしようもない阿呆だけど、








そんなこの人が俺の好きな先輩。