ふと、思い出した。
「今日、新譜の発売日や」
好きなバンドの新譜が載っている音楽雑誌が今日発売日なのを唐突に思い出した俺は、先輩達と別れて駅前の本屋に向かった。
あそこはこじんまりとしているが、様々なジャンルが豊富にあり新作の本や雑誌もたくさん置いてある。
見ているだけでもいい暇つぶしにもなるし、最近のお気に入りの場所だ。
少し歩いて本屋に辿りつき店内に入ると、普段聞くものとは正反対な音楽が俺の耳に届く。
ジャズはほとんど・・・いや全然と言うほど聞かないが、この本屋には合っているので聞いていて心地いい。
(まあだからと言ってここ以外でジャズを聞くことはあらへんけどな)
毎日きちんと店内の掃除もこなされていていつ見てもここは綺麗だ。
だからこの空間はいつ来ても心地よくて時間を忘れてしまい、気付けば何時間も経っている。
他にもオススメの本にはPOPというものもついており、店員がこの本のどこがいいのかを一生懸命に書いたコメントを読むのも楽しい。
最近はそのコメントを見て雑誌以外で興味が湧いた本を買ってみたりもした。
前にその本を部室で読んでたら、謙也さんにちょっかい出されて本の角で殴ったことも記憶に新しい。
((うっわー!財前でも本読むんかい!))
((うっさいっすわ))
((いったー!え!?今のでなんで殴られるん!?))
今日も新しいPOPがついてるかチェックしつつ、お目当ての雑誌を探す。
店の一番奥にある音楽コーナー。
ここも見やすく綺麗に整理整頓してあり、この本屋の店員はいかに有能かが窺える。
(よう見かける店員なんてめっちゃ美人やしな・・・)
思い浮かんだのは店に来るたび絶対いる女の店員。
ふんわりとした雰囲気を持っていながら、仕事はテキパキと無駄のない感じの人だった。
レジを打つのも早いし、常に動いているように見える。
容姿は本当に美人としか言い様がないくらい綺麗で、笑顔は誰もが見惚れるくらい愛らしい。
きっと彼女はこの本屋の看板娘だろうな、とぼんやり思った。
(って、ええから雑誌や雑誌)
彼女のことを考えるとこれまた時間が経つのは早い。
早々に雑誌のことに頭を切り替える。
あの雑誌を買ったら、今日は他のものは見ずに家へ即帰る。
(そんでギターいじるんや・・・)
先日、兄貴からギターを貰ったので、只今絶賛ギターの勉強中だ。
(お、あった)
すぐに見つかったお目当ての雑誌に手を伸ばし、何ページかめくって内容を見る。
他にも好きなバンドがいることもわかり、これは即買いで即読み決定だ。
雑誌を持ちレジに向かおうと身体を反転させたところ、でかい男が俺の通行を妨げた。
その時俺が思ったことは、
(なんやこの不細工)
だ。
「・・・」
「お前、財前光やろ」
「せやったら何すか」
「最近調子乗っとるらしいなぁ」
その顔で話しかけてくるお前のが調子乗ってるだろと言いたくなるのを抑え、男を下から上と全部見た。
・・・全く覚えのない人間だ。
しかし俺はよく変な不細工や不良に絡まれるので今回もその類だろう。
こういうのは高校に入ってさらに増えたと思う。
ピアスが生意気だとか態度が悪いとかテニス部でモテてるとか・・・そんな下らない理由でよくいちゃモンをつけられ喧嘩を売られている。
だからといって喧嘩で全部を相手してやるほど、俺は暇ではないし面倒だしテニス部にも迷惑がかかるので、一言二言相手が凹む言葉を投げかけ平和的に潰していた。
(まっ今回も適当に交わすだやな)
見たところ頭は弱そうだ。
難しい言葉並べて脅せば一発だろう。
そう思い口を開いたところ、不細工が急に大声で俺の名前を叫ぶ。
周りの客が一斉にこちらを向き、なんだなんだという好奇心の目を向けてきたのがわかった。
穏便に済ませようとしたのにこれはありえない。
「俺はお前が気に食わん!!!表出ろ!!!!」
「いや・・・俺まだ雑誌買ってないんで、もうちょい待ってくれます?」
「なに言っとるんや!!俺は今すぐにでもお前を伸したいんや!!!雑誌なんてあとや!!」
「はぁ?なしてそないなこと言われなあかんねん。俺はここに雑誌買いに来たんや、あんたの都合に合わせる意味はない」
「なんやと!?財前光・・・貴様は本間にむかつくわ!!!!」
「っ!!」
ガッといきなり胸倉を掴まれ、持っていた雑誌が落ちてしまった。
もし落ちた拍子に折り目がついてしまっていたらどうしようとぼんやり考える。
(あー・・・そんなん最悪や。もし折れとったらコイツに弁償させたろ)
とりあえず今はこのきったない手をどけなければと思い手を伸ばしかけたところで、凛とした澄んだ声が割り込んできた。
不細工の後ろ、そこからひょっこりと顔を出したのは・・・俺がよく見かける美人の店員だった。
「あらあら・・・あかんですよー?」
「あ?」
「店内で喧嘩はあきまへんで?って、喧嘩自体あまりようないけど」
この場ではそぐわない柔らかな笑顔で俺らに話しかけた店員に暫し時が止まる。
振り返った不細工もポカンと店員を見ていたが、ふいに不細工が俺の胸倉から手を離し美人店員に身体を向けた。
(あ、これまずいんとちゃうか?)
俺ならまだしも美人店員は女なので、もし胸倉とか掴まれたら大変なんじゃないだろうか。
いや、その前にこの一件で俺が変な風に彼女に覚えられ、この本屋に来れなくなる方がもっとやばいのではないのだろうか・・・。
最悪すぎる展開に頭痛がする・・・。
そんなことを思っていると、不細工がまた喧しく耳障りなでかい声で美人店員に食って掛かった。
正直今の気持ち、本当にコイツ殴りたい。
「なんやねーちゃん!!!俺らに文句あるんかい!!!」
「文句なきゃ関わらへんわ。そないな風に騒いでたら他のお客さんに迷惑がかかります。一般常識もわからんお頭の悪いガキは嫌いやで?」
「なっ・・・!!!」
今度は違う意味で時が止まった。
美人店員は相変わらず柔らかい笑みを浮かべていたが、言っていることがその笑顔と全く合っていない。
まさかあんなことを言うとは思いもよらなかった。
驚きで固まっている俺をよそに不細工は肩を怒らせ、彼女に近づく。
(あ、やばい・・・っ)
あの一言でかなり怒ったらしい不細工に、さすがにまずいと思い止めようと口を開きかけたが・・・・
言葉を発することなく、口を閉ざすことを忘れる光景を目にした。
「うっお・・・っ!?」
「あんなぁ・・・おねーちゃんそういう脅しきかへんねん」
「い、いっつぅ・・!!!」
「これに懲りたら、お店の中では静かにな?・・・あと、人は見た目で判断したらあかんで?」
「ひ、ひい!!!」
「・・・」
不細工が腰を押えながら一目散に店を出て行く。
俺はその後姿をただ見ているしかできなかった。
いや、本当に、それしかできないほど・・・今の俺は驚愕している。
今、何が起こったか・・・。
不細工が俺にしたように彼女の胸倉を掴もうとした・・・いや、掴んだんだ。
そしたら彼女が不細工の腕を掴み・・・そのまま華麗に、背負い投げ。
野次馬の如く見ていた周りの客が拍手までするほどにとても綺麗な背負い投げだった。
(ちょっと・・・あれやな・・・なんやかっこよかった・・・)
動けずに呆然と彼女を見つめていると不意に彼女と目が合う。
柔らかな笑顔が俺に向けられ、胸が激しく鼓動した。
彼女は俺が落とした雑誌を拾い、持たせてくれると「これからは気をつけなあかんで?」と言ってからお客が待つレジへと走っていく。
その姿もとても綺麗で・・・どうしてか目が離せない。
五月蠅く騒ぐ胸を押えて、俺は深く息を吐き捨てた。
(・・・会計ん時、名前・・・聞いてみるか・・・)
熱くなる顔に気付かないフリをして。
こーいしちゃったんだ、たぶん。
「ありがとうございましたー」
「あ、あの、名前聞いてもええですか?」
「はい?ああ、えっと・・・私、白石言いますねん。白石です」
「・・・・・・・白石?・・・あの、もう一つ聞いてもええですか?」
「?ええですよ?」
「白石さん・・・弟おります?」
「はい、いますよ〜。私の弟、白石蔵ノ介っちゅうんですけど、ちょうど君の制服の高校でな〜テニス部の部長さんやっとるんや!」
「奇遇ですね・・・俺もテニス部っすわ・・・」
「えっそうなん!?せやったら、これからも蔵ノ介をよろしゅう頼みますね?」
「・・・・・・・・・ええ、はい」
判明、俺の恋は前途多難や。