四天宝寺中の裏庭には様々な植物が植えられている。
それは全て美化委員が手がけたものだ。
と言う事実は、きっと限られた人間しか知らないだろう。
美化委員だって知っている人は何人くらいいるのかなってくらいだ。
そして、そんな私は美化委員で、かつ裏庭の植物達を育てている一員でもある。
とは言っても美化委員とは関係なく、私は元からこういう作業は好きなので進んでやっている。
一生懸命植えた花や植物達がすくすく育っていくのを見るのはすごく楽しい。
そんなわけで、また新しいものを植えようと花壇に意気揚々とやってきました!
もう本間に嬉しい・・・!
新しい子(植物)を育てられると思うとわくわくが止まらない!
鼻歌を歌いながら、まずは花壇の土をスコップでならしていく。
この前までここにはゴーヤが実っていた。
もちろん、私が愛情を込めて育てたゴーヤはそれはもう立派だった!
しかもおいしかった・・・!というわけで、つまりは無事収穫し美味しく頂いてしまったので、ここは今フリー花壇なのである。まる。
えへ、さぁここには何植えたろっかなぁ!
想像するだけでも楽しくて、もしここが花でいっぱいになったらきっとすごく素敵なんだろうなぁ。
うん・・・せやな、今回は野菜やのうてお花を植えよか。
ぺちぺちと一通り土をならして、花壇の淵に座る。
まだどんな花を植えるか決めてないので、今日の作業はここまでだ。
明日、先生と相談して何を植えるか決めて・・・明後日種を買ってきて、明々後日には植えられるとええな・・・。
もし植えるとしたら夏に咲く子がええかな・・・向日葵とか結構ええかもしれん・・・。
ぼーっとそんなことを考えていたら、足元にどこからきたのかコロコロとテニスボールが転がってきた。
誰のやろ・・・、とりあえず拾って立ち上がろうとした瞬間、「お、馬鹿やないか」と前方から声。
顔を上げれば面白い玩具を見つけたかのような表情の一氏くん・・・って、
「あんな、一氏くん、いつから君は私への挨拶が馬鹿になったん?」
「あ?馬鹿ってお前の名前やろ」
「ちゃいますけど!私にはっちゅうお名前があります!」
「あーそうやったかも」としれっと答えて、一氏くんが私からテニスボールを奪った。
出会い頭の一言や今の行動に対して態度悪いなーとは思いつつ何も言わず、私は再び花壇の縁に腰を下ろす。
突っ立っている一氏くんのユニフォーム姿を見て、只今絶賛部活中なのだろう。
一氏くんに「今誰と試合中なん?」と聞くと短く「小石川んとこに勝ってきて、次は謙也と財前」と答えてくれた。
・・・そういえば忍足くんと財前のダブルスって結構女子の間で有名やったなぁ公式では一回も試合しとらんて聞いとるけど・・・。
と考えてたら、いつの間にか一氏くんが不思議そうに花壇を覗き込んでいる。
まじまじと見ているから
「気になるん?」と聞くと、
「ここなんか植えるん?」「おん。花の種やで」「花の種・・・お前が花?ハッ似合わへんな」「・・・言うと思たわ」
と棘々しいコメントが返ってきて苦笑した。
じっと土だけしかない花壇を見つめたまま「花かー・・・小春にあげたらめっちゃ喜ぶやろなぁ」と一氏くんは顔を緩めた。
その表情を見ていると本当に金色くんのこと好きなんやなぁと思う。
なんや微笑ましいなどと和んでいたが、ふと目に入った腕時計の時間にハッとして、未だぶつぶつ言っている一氏くんに声をかける。
「で、時に一氏くん」
「なんや」
「部活、戻らんでええの?」
「・・・あ」
「5分くらいは軽く経っとるけど」
「い、言われんでも今戻ろう思うてたところや!」
「へーさいですかー」
一氏くんは緩めていた顔を引き締めいつも通りの仏頂面になったと思えばフンッと鼻息を零し、「お前、そんなんでも女なんやから暗くなる前に早よ帰れや」と言い残してからこの場から去っていった。
ちょっと余計な言葉はあったがなんだかんだ一氏くんは優しくてええ子やなって思う。
ぐっと背伸びをして用事は済んだことだし、明日のためにも一氏くんの忠告通り下校時間になる前に帰ろうかな。
鞄は・・・ああ、教室に置きっ放しやったわぁ・・・。
花壇まで鞄を一緒に持ってこなかったことを後悔しながら、立ち上がるとまたもやコロコロと足元にテニスボールが転がってきた。
これなんちゅうんやったけ・・・えっと、デジャブ?と考えつつ、顔を上げれば息を切らしてこちらに走ってくる一氏くん。
おお、デジャーブ。
「今日はやけにホームランやんなぁ・・・」
「俺やのうて遠山に言えやボケ。ちゅうかまだ居ったんか」
「いや一氏くんが去ってからそないに時間経っとらんから・・・」
遠山くんか・・・すっごい力持ちの男の子やったっけな、あの子ならここまでボール飛ばすのも仕方ないか。
とりあえずもう一度テニスボールを拾って、一氏くんに差し出した。
それなのに一氏くんが一向に取ってくれなくて私は首を傾げる。
一氏くんの視線がふっと私から私の後ろへ向いた。
追うように後ろを振り向けば、フェンスと花壇だけである。
ううん?何を見てるんかな?
一氏くん、と声をかけようと目線を戻すと、ガッチリ一氏くんと目が合う。
おおっと意味もなく声を漏らすと舌打ちとともに目線を外された・・・。
か、感じ悪ぅ・・・。
そう思いつつ持っているテニスボールを両手でころころさせる。
早よ持っていかんでええのかなー?
こないなとこで油売ってて部活の人には怒られへんのかなー?
ぽつぽつとそんな疑問を頭に浮かべていると、一氏くんが私から視線を外したまま私の後ろを指差してもごもごと何かを言った。
けどもごもごとだったので全く聞き取れなかった・・・。
聞き返してまた罵倒されたらどないしよ・・・と思いながらも、一氏くんにおずぞずと聞き返す。
「あ、あのー」
「あ?」
「いや、さっき何て言うたん?よう聞こえへんかってん。もう一度聞いてもええ?」
「・・・」
「え、あかん?」
「・・・ここ、」
「はい?」
「ここ・・・ここの花壇っていつから種とか植えるん?」
「・・・一応明々後日には植えようかと思っとるけど」
「ふーん・・・」
以外にもあっさりまた言ってくれたのと、そんなことを聞いていたのかと、聞いといてなんだその反応は、
と私の中でなんとも言えない思いが胸を占める。
まあ・・・ええか。
一氏くんが失礼なのはいつものことや!
そう自分を納得させて、私は再度一氏くんにテニスボールを差し出した。
「はい、一氏くん。これ持ってまた部活戻らな怒られてまうんやない?」
「お、おお・・・なぁ、」
「ん?」
「明々後日植える言うたな?」
「うん」
「・・・」
「なに?」
一氏くんが無言で見てくるもんだからとてつもなく居心地悪いというかなんというかソワソワしてしまう。
あれ?私なにか地雷でも踏んだのだろうか?
ちょっぴり不安になっていると、一氏くんが小さく「じゃあ明々後日またここ来るわ」と呟いた。
・・・呟いた、けど・・・え?
「え?」
「っは鈍くさいから種植えるの俺が手伝ったるわ!」
「へっ!?」
思いもよらない一氏くんの発言に口があんぐり開いて塞がらない。
いや、だって、え、急にどうしたんとしか言い様がない・・・!
あの、一氏くんが・・・え!!
思わず一氏くんを凝視していると「見んなブス!」と言われ驚きが殺意に変わったのは言うまでもないだろう。
ぶ、ぶすって・・・!
「か、勘違いすんやないで!お前のためやのうて小春のために手伝うんやからな!」
「え、ああ、そうなん・・・?」
「小春に花を見せるためにお前の種植え手伝うんや!」
「はあ、そらどうも・・・」
「おん、・・・あ!俺以外に手伝いとか居らへんよな?」
「うん」
「・・・そうか、ならええわ。ほな、今度こそ行くわ。明々後日、放課後になったら即集合やで、ええな?」
花壇を指差して私にそう告げると一氏くんはまたテニスコートの方へ走って行った。
唐突に急遽決まってしまった明々後日の予定にため息が出る・・・。
いや、まあ、手伝ってくれるんは嬉しいんやけど・・・ああ私だけの楽園(花壇)作成計画が・・・。
ちょっとだけ肩を落としつつ、でも、少しだけ楽しくなりそうなどと思いながら、今度こそ鞄を取りに校舎へ向かった。
・・・うん、やっぱり、種は向日葵にしようかな。
種
(それはまだ小さな始まりに過ぎない)