ああ、おかしい。
違う、それも、違う。
お前の隣にいつもいたのは俺や。
いつでも、これからも、ずっと、お前の隣は俺やったはずやのに・・・
気付いたら二人の距離は近くなっていて、気付いたらの隣は俺やなくてあの人が居る方が多くなっていた。
「あはは、謙也さんは大袈裟やってーちょっとボールぶつかっただけやろー?」
「そんなことないわ!顔面にモロやぞ!本間に痛かったんやで・・・!」
「はいはい、そらご愁傷様ですー」
「労わる気ゼロやなお前・・・!」
二人が一緒にいるのを見るとイライラする。
・・・当たり前やんな。
俺の居場所を奪われとるんやから。
それなのに・・・本間おかしいわ。
なしてお前は笑っとるん。
その目はいつから俺だけを映さなくなったんや。
なんで、どうして、お前の隣に俺じゃない男が笑いながら居るん?
わからない、わからなくて、頭がぐちゃぐちゃになるようで、気持ちが悪い。
「おっ光やん!なぁ聞いてぇなーさっき謙也さんめっちゃダサかったんやでー!」
「ばっ!」
「・・・何言うてん、謙也さんがダサいんは元からやで」
「あっそやったわ・・・」
「おっまえら・・・」
そう言って謙也さんがの頭に手を伸ばす。
その光景にゾッとする。
くしゃくしゃと髪の毛を乱されてる・・・、なぁ、なんで笑顔なんや。
気に食わない・・・何もかもが気に入らない。
に触れてる謙也さんも謙也さんに触れられてるも、見てるだけで吐き気がしてくる。
とても大切で大事な奴なのに、今の嬉しそうなを見てるとぐちゃぐちゃにしたくなってしまう・・・。
・・・なあ、俺らずっと一緒やったろ?
なあ、俺らずっと同じやったろ?
なあ・・・なんで俺と違くなってくんや。
「あっ光どこ行くん・・・?」
「帰る」
「は?ちょ、部活はどないすんねん!」
「休みます。部長に言っといて下さい」
何もかも見ていたくなくてそう告げて帰ろうとすると、二人して驚いた表情。
それすらも俺の気分を害す。
舌打ちを一つ零し、二人に背を向け部室に向かった。
もう何もかもが億劫だ。
動くのも考えるのも想うのも、何もかも面倒臭い。
後ろで謙也さんがいつもの喧しい声で俺に何かを言ってきたが聞き流した。
どろどろとした不愉快な何かが俺の胸を締め付ける。
ああ、本当に『 』
「光・・・!待ってぇな!」
「、」
部室に辿り着き扉を開けたところで聞こえた声は、何よりも俺が求めていた声で何よりも・・・今一番聞きたくない声。
ぞわぞわするこの感覚はなんだろう。
が俺を追いかけてきてくれた・・・それが『嬉しい』のか『鬱陶しい』のか、それすらもわからない。
ただ、不安定に俺の足元は揺れている。
の声さえも無視して部室に入り、自分のロッカーへ向かう。
ロッカーに手を伸ばせばもう一度名前を呼ばれた。
「・・・なんや」
「なんややないで・・・急にどないしたん?気分でも悪いん?・・・ううん、むしろ最近おかしいで?」
「は?おかしいって・・・どういう意味や」
「いや、その・・・なんちゅうんやろ・・・いつもの光らしくないっちゅうか・・・」
いつもの、いつもの?いつものって・・・いつもの俺ってなんや。
の一言で込み上げてきたのは、純粋な疑問と違和感と、憤り。
なんでなんでなんで、同じだった俺らが、いつものって、なんでそんな、意味のわからないことを言うんだ。
いつもの俺らしくない?
なぁ、何言うとんのや?
俺はいつでもいつも通りで、ただ違うのは・・・だけやろ?
近づいてくるは尚も何かを話しているが、俺は背中を向けたまま何も言葉を発さない。
・・・違う発せない。
俺の後ろに居るのは、俺の知っている、であってるのだろうか。
俺をわからないなんて、・・・許せないし認められない。
そんな思いを抱えつつゆっくりと振り返れば少しビクつく。
手を伸ばせば触れられる距離は今の俺達には適度な距離に思えてくる。
「光・・・?」
「」
「うん?」
「俺らいつも一緒で変わらへんって言うたよな」
「え?」
「俺達は、ずっと一緒でずっと変わらへん。どんな時もどんなことがあっても、俺はお前が一番でお前は俺が一番・・・そやったよなぁ」
「ひか、る・・・?」
「ああ、なんかおかしいねん。最近どこ探してもな、お前が俺以外の奴に笑ってる顔しか浮かばへん」
「何・・・言うてるん?」
ようわからんわ・・・なんでそんな怯えた表情しとるん。
俺の言ったこと、なんかおかしかったか?
おかしないやろ?
俺とお前は同じなんやから・・・なぁ、今めっちゃ楽しいやろ?
に手を伸ばせば、が一歩後退する。
なんておかしな行動だろうか・・・俺の今の行動と違いすぎて不正解や。
・・・そう、不正解。
ああ・・・ちゃうのか。
こう思うたらおかしいのは俺やのうて・・・、
「、お前おかしいで?」
「えっ?」
「お前は俺と一緒やのになんで違うことするん」
「・・・光、私には光の言っとることがようわからん・・・そりゃ私達はずっと一緒やったけど、
いつまでも全部が全部一緒ってわけにはいられへん。ずっと同じではいれへんのや」
がきつい目で俺を見る。
ああ・・・確信した。
やっぱりおかしいのは、違くなったのは、俺を・・・置いて、変わってしまったのは・・・だ。
目の前にいるの腕を掴む。
えらく細く脆そうな・・・腕。
これも俺とは違う。
力を込めれば小さく悲鳴があがる。
その声も俺とは全く違う。
腕を引っ張ってロッカーに押し付ける。
涙目になったはなんて可愛えんやろう・・・。
怯えた表情で俺を見てくる・・・その瞳が俺一杯になる。
満たされていくのは征服感。
頭に手を伸ばし、髪の毛を梳く。
俺のと違う柔らかさ・・・手入れがいき通っている。
肩・・・俺とは違う、小さな肩。
力の限り掴んだ壊れてしまいそうだ。
「や、嫌や光・・・!なあっどないしたんや!痛い・・・っ離して・・・!」
「確認すればする程・・・嫌なくらいに俺と違うんやな」
見れば見る程、触れば触る程・・・本間に嫌味かと言うくらいに違くなってしまった俺達。
どうしたら全部が一緒だったと言われる時に戻れるのか。
どうしたら、
「わ、私と光は『双子』で同じだったかも知れへんけど、まず性別がちゃうし・・・違うのは当たり前や!」
・・・ちゃう。
そんな言葉を聞きたいわけやない。
「それにもう・・・いつまでも一緒にだって居られへん」
ちゃう。
そんな言葉なんて聞きたくもない。
「そら私だって光とずっと一緒やって思っとったけど・・・そうはいかへんねん。私達、もう高校生やし・・・せやから」
ちゃうちゃうちゃう!!!
もうこれ以上の形をしたものから残酷な言葉を聞きたくなくて、掴んでいた手にさらに力を加える。
開きかけていた口からは言葉ではなく悲痛な悲鳴で、ざわついていた心が少しだけ治まった気がした。
そうだ。
俺らは『双子』で、生まれる前からずっと一緒だった。
どんなことが起きたってどんな時が経ったって・・・変わらず一緒にいれるはずだ。
だって、『双子』なんやから・・・誰よりも強い絆に結ばれてるんだ・・・。
「ひ、光・・・や、痛い・・・離してっ・・・!」
の顔は俺の顔、俺の身体はの身体、の心は俺の心、俺の気持ちはの気持ち・・・『双子』なんやからバラバラになっちゃあかんねん。
それなのに、なぁ、なんではそうも俺とバラバラになりたがるん?
どうしたら・・・俺らはまた一緒になれるんやろな。
震えるを今度は優しく抱き寄せて、このままずっと・・・ずっと俺の中に閉じ込めてやりたい。
「なぁ・・・」
抱き締める腕に力を込めた。
は肩を震わせた。
は俺の名前を呼んだ。
は離れようとした。
は小さく、
「謙也さん・・・っ!」
「・・・ッ!!!」
「ひゃあっ!!」
の身体を勢いよく床に放り投げた。
痛そうに呻いた声を無視し、横たわる身体に圧し掛かる。
なんだか、なにもかもがどうでもいい。
まだ部活が終わるまで相当時間がある、それなら・・・ここには誰も来やしない。
もうな、我慢の限界やねん。
なんで今謙也さんの名前を呟いたん?
なんでお前は最近謙也さんのことばっか見とるん?
なんで謙也さんの話にいつも笑顔なん?
そんな俺の知らないなんていらへん。
おかしくなってしまったお前を、双子でありお前と同じである俺がきちんと正してあげなあかんよな・・・。
がついに泣き出して俺にひたすら何かを言ってくる。
だけどな、俺じゃないお前の言葉なんて俺の耳には聞こえへんのや。
暴れてる邪魔な両腕を一つにまとめて持っていたタオルで縛る。
・・・ああ、口も五月蠅いわ。
相変わらず何かを言っている口を右手で塞いで、「あんま喧しいと・・・このまま突っ込むで?なぁ、この意味わかるよな?」
と耳元で囁けばはぎゅっと目を閉じて大量の涙を目尻から零し始めた。
泣く必要なんて何一つないというのにどうしてこないに泣いとるんやろ・・・?
・・・ああ、そうか。
「俺と一緒になるんが嬉しいんやな」
自分で言って口角が上がった。
そうだ、バラバラだったのがまた一つになるんだ。
嬉しいに決まってる。
俺もお前と一緒になれるのがすごく嬉しい。
涙を止め処なく溢れさせているの目尻をそっと撫でて、心を落ち着かせる
それなのに・・・、
「ぅっ・・・ひっく・・・も、こんな・・・っこんなことする、っく、光なんて・・・きら、いやぁ・・・っ!!」
――――――――ああ。
早くこの『知らない』を『知ってる』に直してやらんとな。
撫でていた手を引っ込めて、の真横の床を殴りつける。
するとビクリとが閉じていた目を開けガタガタと肩を震わせた。
じわじわと拳に広がる痛みなど俺の心の痛みに比べたらまったく痛くも痒くもない。
また口を開こうとするに、喋るな、そう低く呟いて睨む。
は眉を寄せてまた口を閉ざした。
・・・ああ、でも、何でやろうな。
俺が正しくて、俺は何一つ間違うてへんのに・・・息が詰まり目頭が熱くなって、頭がクラクラとする。
開かれているお前の目に映る俺は、なんて情けない顔しとるんやろう。
俺はそっとの瞳を右手で覆い隠し、左手で服に手を伸ばす。
その時自分の口から零れたのは、どうしようもなく情けなく震えた小さな小さな「ごめん」の一言だった。