本間にありえへん。
この世の中には許される殺人はあってもいいだろうと思う。
目の前のこの女に俺はとてつもないくらいの殺意を抱いた。
「ご、ごめんて!本間に悪気はなかったん!!」
あったらとっくにお前のことしばき回しとるわボケ。
どうしてこうなった・・・その一言しか俺の頭は繰り返していない。
この女とは小学校からの付き合いで、中学も一緒そこからずるずるずるずる高校も一緒大学も一緒で今では同棲までしてる仲、つまりは恋人同士にまでなった。
だが、この女と生活していて甘い思いをしたのは片手で数えられるくらいじゃないだろうか?
ちなみに同棲期間は4年だ、俺も今年で27歳だ、四捨五入で30にもなる。
今日も今日とて仕事から疲れて帰ってきて最初に目にはいったのは、玄関で土下座をするこの女。
次に目にはいったのは泡だらけで水浸しの床・・・。
昔からそうだった、この女はどうも不器用でやることなすこと全て失敗すると言っていいほど失敗ばかりする。
そんなこの女を放っておけなくなるほどに近くにいた俺は今もこうしてこの女とともにいるわけだが・・・、俺が深い溜息を吐くとコイツはそろっと顔をあげた。
「お前、これの弁解はなんや」
「せ、洗濯物をやろうと思って・・・」
「俺はお前に一切家事をやるな言うとったやろ」
「は、はい・・・せ、せやけど説明書読んだから平気かな思て・・・」
「・・・それでこの前何壊したんや?」
「パソコンとポット・・・」
「せや、PCを・・・は!?お前ポットも壊しとったん!?」
「ヒィ!バレてもうた!」
「バレてもうたないやろしばくで!?」
だから最近やかんでお湯を沸かしていたのか・・・!
回想の問いかけにて新事実が発覚。
俺も間抜けだった・・・
『お湯で沸かした方が雰囲気でるやろ!』
なんて馬鹿なこと抜かしとることをいつものことかと思いスルーした俺があかんかった・・・。
テメェという視線を向ければ、この女はまた小さく悲鳴をあげて勢いよく土下座をし額を打ち付けて床をのたうち回る。
本間にどうしようもないアホやな・・・。
いつまでものた打ち回ってるアホを蹴飛ばして、洗濯機の電源を切った。
半年ぶりの犠牲は洗濯機やったか・・・、財布がまた薄なるわ・・・。
今月買おうと思っていたゲームを浮かべてなんとも切なくなってくる。
この女とは何十年とずっと一緒にいるが、未だにコイツが家電を高確率で破壊をするのを止められないでいる。
別にコイツだって壊したくて壊しているわけじゃないことはわかっているけど、壊れるものは壊れるのだ。
故にコイツには一切家事をすることを禁止しているのに、・・・のに、だ・・・なんでか自分はやれるとか馬鹿な勘違いをしてこうやって時たま家事をして惨劇を繰り返している。
仕事から帰ってきてピークに疲れていようがこの女がやるよりはマシなのでわざわざ俺が家事をやっているのに、
コイツはとことん俺の苦労をぶち壊していく・・・。
ネクタイを緩めてリビングへ向かう。
とりあえず、いい。
今はそんな俺の気苦労より先に洗濯機のことだ。
ソファに座って家計簿を見なくてはならない・・・、クソッなして俺がこないなことせなあかんねん・・・。
スリッパを鳴らして俺の後ろをついてくるアホに苛立ちマックスでカバンを投げ渡す。
「うわあっ!わあ!ナイスキャッチしたで私!」
「おーよしよし、ようやったなー」
「めっちゃ棒読みやん!」
「喧しいわ駄犬」
「きゃうん・・・」
くだらない会話をしつつリビングの扉を開けると・・・もわっと異臭が漂った。
空気も重い・・・!
即座に鼻を押さえて、後ろを振り返る。
頭の上には「!?」が大きく出ていただろう。
コイツは申し訳なさそうにへらりと笑うだけ・・・ってまたお前か!!
「おっまえ料理したんか!?」
「ちゃ、ちゃうよ!!お菓子作りしたん!」
「それは料理とちゃうんか!?あ!?」
「あう!せやった・・・!で、でもな!ちゃうねん!!」
「何がちゃうねん!!」
「これやねん!」
パタパタと俺を通りすぎキッチンへ消えていったと思ったら、何かを持ってこちらに駆けてくる。
俺の前まで来ると、「これやねん!」ともう一度さっきの言葉を繰り返した。
差し出されたのは・・・見た目がぐちゃぐちゃのきったない・・・なんやこれ?
訝しげに物体Xを見ていると「ケーキなんやけど!!」・・・なんと、ケーキだった。
「ちょっと色々失敗してもうたんやけど、光が帰って来る前にできてよかったわー!」
「・・・なんやそれ」
「やって光明日誕生日やん!せやから日付変わると同時にお祝いしたかったんや!
えへへっ」
・・・料理なんてしようものならこの女の手はそれはもう凄惨なことになる。
だから料理も一切しない、というか料理禁止令を俺が出していた。
視線を落とし、ケーキを持っている手を見る。
やっぱりや、ようく見たら案の定傷だらけ・・・絆創膏だけでなく包帯まで巻かれていた・・・何をどうしたらそうなるのか俺には未だにわからへん。
にこにこと馬鹿みたいに笑うコイツは本当に馬鹿だ。
何もそないに傷だらけにしてまで作ることないやろが・・・、と
口に出して言ってしまいそうになったが言ってどうにかなるものでもないので、ケーキを床に落下させる前にコイツから受け取った。
くんくん、匂いを嗅げば香ばしい匂い・・・ってなんでやねん。
「こないなグロイケーキ初めて見たわ」
「えへへ」
「照れんな褒めてへん」
「あんなっ味は大丈夫やで!味見はちゃんとしたんやで今回!」
「いつもしろや」
「は、はい・・・あ、今もうそのケーキ少し食べる?私切り分けてくるで!」
「今はええわ。とりあえず先に換気せなあかん」
「えっ・・・あ、うん・・・え、でもいつ食べてくれるん?わ、私なりに結構それ頑張ったんやけど・・・」
「・・・、まぁ夕飯作って食うてからやったら20日にもなってるやろうし、・・・そのあとやったらケーキを食うてやらんこともないで」
「本間っ!?あ、ありがとう光!」
満面の笑みを浮かべる顔に俺は着ていたスーツのジャケットを叩き付けた。
たまに魔が差したみたいにこの女のことを可愛いだなんて思うことがある、そんなのは末期だやめておけ俺。
台所へ行くととりあえずまだ綺麗だ・・・俺が家を出る前よりは汚いがまだ許せるレベルだろう。
しかしだ、この女が夕飯まで作ろうと思い立たなくてよかった。
ケーキであんなに手が重傷だ、夕飯まで作っていたら全身が重傷になる入院コースだろう(過去、飯を作ろうとして何故か救急車を呼ぶ羽目になった)
そうなってしまっては余計面倒だ・・・家事をとことん俺がやらなければならないというのも激しく面倒だが、この女がそんな目にあう方のが何倍も面倒なので仕方ない。
ラップをかけてケーキを崩れないように冷蔵庫にしまい、近くにかけてあったエプロンを手に取る。
それを素早く身に着けて、今日は飯は炊かないで冷凍してる飯を使ってなんかおかずを作るかと思案した。
・・・ああ、そうと決まれば最初に飯をレンジで温めて解凍せなあかんな。
冷凍庫から冷凍した飯を出してレンジに入れる・・・あとはタイマーを・・・・・・あ?
カチカチと何回かボタンを押しタイマーをかけようとしたが・・・何故かできない。
は?どういうこっちゃ?
コンセントを見る・・・差さっとるわ・・・は?
何回も他のボタンを押してみたが反応がない・・・え、もしかして俺が壊したんかコレ・・・?
がくりと電子レンジの前に項垂れあの女になんて言おうか悩んでいると、俺のものを部屋に置いてきたあの女がひょっこりと台所に顔を出した。
「あー、その、これな、」と俺が言葉を続けようとしたその時、「あ!」と大きな声をあげて電子レンジを指さして一言。
「ごめん!ケーキ作るときに電子レンジ壊してしもうたんやった!」
・・・ああ、やっぱりはしばかなあかんわ。
7月20日。
今年も家電の消費が激しいので誕生日はカンパでお願いしますわ、先輩ら。