「辛かった、ですか?」
「僕はきみに何ができましたか?」
問いかけても、何一つ返答はない。
本来コツコツとなるはずの革靴は、びちゃびちゃと汚ならしい音を立てた
その音になんとも言えない不快感を覚え、僕は眉を寄せる
暗い廃ビルで僕は独り佇んでいた
噎せてしまうほどの鉄の匂い
足元には血、血、血
綺麗な朱。見惚れてしまうほど、美しい
そしてそこに横たわるきみは、この世のモノとは思えないくらい美しかった
僕は靴やズボンに血がつくのを気にせず、きみのもとまで、歩く
到着し、横たわるきみに少しでも近付こうと、僕は片膝を床につけた
ピチャッという音がしたと思えば、もうすでにズボンを浸食してしまう血
黒い服に染み渡る紅は、まるで僕と同じ色だ、と思った
手を伸ばし、彼女の頬に触れる
いつもなら温かいはずの頬は、氷のように冷たかった
「冷たい、ですね」
顔を近付け、言ってみても反応はない。
血の海に浸るきみはただ穏やかな顔で目を閉じている
端から見れば、眠っているようだった
だが、きみは眠っていない
ある意味では、眠っているが違う
きみは、今、二度と起きない眠りに就いている
僕は、彼女に顔をさらに近付けた
唇までの距離は、あと3cm。
「クフフ、このままでは僕はきみにキスをしちゃいますよ。起きなくて、いいんですか?」
無駄だとわかっていても、言わずにはいれなかった
きみはいつもそう言うと、焦って起きるから
今思い出すだけでも笑えてくる、あの光景
思わず、笑みが零れた
彼女の唇を多少舐めてから口付けを、した
いつもなら、桜を思い出させるようなピンク色の唇は、青紫
熱でもあるのではないかと疑った唇の熱も今はなく、すべて冷たく暗くなっていた
きみは僕が口付けをすると、
「顔を茹でダコのように赤くしていましたねぇ」
そう言いながら、彼女の頭を撫でた
血に浸された髪の前髪部分はすでに乾いていて、パリパリになっており、撫でるのも一苦労だった
きみはいつも一生懸命でしたね
僕はそれがとても馬鹿馬鹿しくて、見ていて面白かったですよ
一人で突っ走ってきみはこうなった
あぁ、なんて愚かなんでしょう
僕といればきみはこうならなかったかもしれないのに
まぁ、今更どうこう言っても無駄ですね
きみはもういないのですから
「クフフ・・・最後まできみは本当に面白い方でした」
最後の最後まで、ボンゴレ10代目を信じ、敬愛し、散っていたきみはかなりの大馬鹿者だった
僕に愛を語るきみは滑稽で、そしてそんなきみを愛した僕はどうしようもない愚者だった
クハハハ、僕の零した笑い声が廃ビルに木霊する
床につけていた片膝を上げ、立ち上がった
目線をしたに下ろせば、綺麗に眠るきみが僕の瞳に映る
「きみが残したモノすべて・・・僕は覚えていましょう。」
きみの笑顔も、きみの泣き顔も、きみの怒り顔も、きみが愛したことも、きみが死んだことも、きみが望んでいた未来も、覚えていましょう
僕だけがきみの亡骸を見つけて、きみの亡骸に口付けをしたことも
僕は彼女に背を向け、出口を目指す
びちゃびちゃと相変わらず不愉快な音はなるけど、気にせず進んで行く
もう想うことは何一つなかった
僕はボンゴレ10代目みたく優しくはないから、きみが死んだとしても泣きはしない
誰が死のうと僕には関係ない
それが例え同じボンゴレファミリーでも
愛した女でも
「クフフ、」
出口に辿り着いた僕はここで後ろを振り返る
「Arrivederci diletto」
輪廻の果てにて逢いましょう
(そうしてまたきみを愛しましょう)