まず、最初にこれだけは言っておこう。


あたしと山本は付き合っていない。断じて恋人同士ではない。 たしかに男子の中だと山本と一番仲がいい。それは認めよう。 しかし、だからといって山本とあたしが付き合うだなんて天地がひっくり返ってもありえない。 あいつとあたしが仲がいいわけは、幼稚園からの腐れ縁だからだ。それ以外はなにもない

それに、あたしと奴はまったく違う。 あたしはどこにでもいるような普通の女子中学生だ。 でも、奴は違うのだ。 クラスの人気者で友達たくさんいて女子にモテて先生と仲良くて運動できて勉強だってちゃんとやればできるし。 野球なんてめっちゃうまいし爽やかだしつぅかかっこいいと思うし・・・という感じに、 やつのいいところをあげたらきりがないくらい(ああなんて憎たらしいの!どれかあたしに分けて欲しいわ!) それ比べて、あたしはクラスでは存在薄いほうだし可愛くないしだからといって綺麗でもないし、 口は悪いし女の子らしさなんてお母さんの腹の中に忘れてきたみたいだし頭は普通で運動は人並み・・・てな感じで、 ものすごく普通の女子中学生だ。(男まさりなところは抜かして、だ) そんな平凡なあたしとスーパー野郎が釣り合うわけないし(まあ付き合う気もさらさらないんだけど!) とにかく言いたいことは、あたしと山本は付き合ってないのよね。付き合う予定もない。 だからいい加減にしてくれないかなぁ・・・!




「ホントにホント?」

「うん」

「山本くんとさんって付き合ってないの?」

「うん」





これで何回目だ?さっきからずっとこの質問の繰り返し。 あたしと山本は付き合ってないのかって、不安そうに何度も聞いてくるのは名前も知らない女の子。 あたしはそれに何度も頷いて返事を返していた。 ちなみにこれを10分くらい続けてる。(もー・・・ホントいい加減にしてくれよ) はぁ、小さくため息。帰ったら即寝ようと思っていたのに・・・。 すると、女の子はあたしがうんざりしてきたのを察したのか、おずおずと綺麗にラッピングされた可愛らしい箱を あたしも目の前に出す。はぁ、ため息が今度は大きく出た





「あのね、これなんだけどぉ・・・」





あたしは一応その箱を受け取り彼女を見ると、もじもじとしながら話し出した。 なんでもこの可愛らしい箱を山本に渡してほしい、とのことだが・・・





「なんで、あたし?」

「だって、さんは山本くんと仲良いじゃない」

「いやまぁ・・・それは・・・」

「わ、私・・・山本くんと話したことなくて、だからいきなり知らない子に渡されたって山本くん困ると思って・・・」





だから、あたしに渡してもらうってか? はぁ、今度は心の中で深いため息。 なんて勝手な・・・と思いつつ、頭は縦に振られる。 ここで断ったら断ったで非常に面倒な目にあうのは明白だからだ。(過去に面倒な目にあったことあり) 女の子はあたしが了承したのを見て嬉しそうに微笑んだ(すごい可愛い・・・) 一言二言お礼の言葉を述べてから、あたしの前から走り去っていく。

残された、あたし。ふむ、プレゼントを見る。ため息。 あたしの足は野球部がいるグラウンドへ向かって歩き出す。 本来ならもう部活はやっていない時間(ああ、どんだけあの子と話していたんだろう) でも、きっと山本はいる。あいつはいつも夜遅くまで馬鹿みたいに野球の練習を残ってやってるから、 体育館裏からグラウンドまではそう遠くなくて、すぐ目的の場所は見えた。 そこにはもちろん予想したとおり、山本がバットを振っている

あたしは少し離れている山本に聞こえるくらいの大きさで名前を呼ぶ。山本はすぐさまこちらを向いた





「あ、!」

「どうも」

「珍しいな。お前がこの時間まで学校に残ってるなんて・・・補修とか?」

「違う。あんたにお届けもの」

「マジ!?」





あたしがさっきあの子から預かったものを山本に投げつける。それを山本は難なくキャッチした。 あたしは、よし、これで任務完了と思い山本に背を向け帰ろうとする。 しかし、くるりと背を山本に向けた瞬間、後ろから山本に声をかけられ一時停止。 嫌そうに後ろを振り向けば、山本は箱を俯き加減に見つめている





「・・・なに」

「・・・なぁ、これって・・・」

「・・・なによ」

「もしかして、からのものじゃない?」

「は・・・?」





小さくあの箱を掲げて、不満げにあたしを見据えた山本の目が妙におかしくてあたしは首を傾げた。 なにを言っているのだろう、こいつは。あたしからのものだと、勘違いしてるのか? あたしが山本にプレゼントなんて、そんなありえないこと思うなんてとんだ馬鹿だ。 あたしはその馬鹿のためにしょうがなく、他クラスの子からだよと言おうと口を開く前に、 なぜか山本はあたしに背を向けた。





「?・・・山本?」

「これ、お前からじゃないだろ・・・」

「え、うん。他クラスの子に頼まれたやつ。」

「・・・」





あたしがそう言えば、背を向けたまま黙る山本。
その行動に意味がわからず、また首を傾げたと同時に、





「お前からのものじゃないなら、これいらねぇわ」





山本はそう言うと、あの名前も知らない女の子のプレゼントを遠くへ投げ捨てた。 あたしは、あまりにもいきなりの行動だったので何も言えず何もできず、ただ山本が投げて空中をスローで飛び落下していくプレゼントを見つめていた。 ぐしゃり、嫌な音があたしの耳に届く。 目を凝らして遠くを見てみると、少し前まで可愛らしかった箱は無残にもひしゃげていた。 そして浮かぶはあたしに山本へ渡してくれて頼んだあの子の顔。 それから、視線をゆっくりと山本に戻す。 ばちり、と目が合う。 さきほどとは違う、真剣な瞳で山本はあたしを見下ろしていた。 それに居心地が軽く悪くなりながらも眉間に皺を寄せながらあたしは口を開いた。





「なに、してんの」

「さっき言ったとおり、俺はお前以外のものならいらないから。だから、捨てた」

「は、ぁ・・・?」

「それにお前から他の奴のものなんて受け取りたくねぇよ」

「・・・意味がわからないんだけど・・・あんた、何言ってんの?」

「ここまで言って、まだわかんねぇの・・・?」





イライラした風に山本は短い前髪をくしゃりと掴む。苦しげに眉を顰めて目は閉じ、唇はきゅっと結ばれた。 あたしはなんでそんな表情を山本がするかもわかんないし、 さらには、そんな仕草をする山本もわからなかった。 どうしたらいいかわからないあたしは立ち尽くして、いつもとは確実に違う山本を見つめていた。 するとふいに開けられる目。吸い込まれそうなほど、まっすぐで、あたしは一瞬で目を逸らす。(なんだか気分が悪い・・・)

ざく。

前で聞こえた土を踏みしめる音。思わず、肩が揺れた。 その音が止まったときはもう山本はあたしの目の前で、あたしは息を呑んだ。 土臭い手が、あたしの頬に伸びる。ビクリ、肩がまた無意識に揺れた。





「・・・俺は、」





山本の手が、指が、あたしの頬を撫でる。 ああ、いや。なに、これは。 頭が、ガンガンする・・・。 山本の言葉が、匂いが、瞳が、あたしのすべてを刺激して、気分をどんどん悪くさせる。









「俺はがすごく好きだから、」





思考回路は、ここでショートした。たった・・・たった一言であたしの頭は思考を止めた。 どうしたらいいか、わからなくて身体も動かない。







「これ以上俺を苦しめないでくれよ・・・」




山本は停止したあたしに追い討ちをかけるかのように、耳元で低く呟いた。それから、あたしの頭を 数回叩くと、微かな土と汗の匂い残しながらすっと横を通り過ぎて行く。 意味が、わからない。それでも、少しずつ遠ざかっていく山本の足音。
あたしは、なにもかも理解できずそこから動くこともできず、地面に伸びた自分の影を呆然と眺めることしかできなかった。


もう空は、明るさを失い、暗さを誘いだしている。








ああ、これは、
天地がひっくり返る









(その時の言葉と山本の顔が、山本が去った後もあたしの脳裏に焼きついてはなれなかった)(08.2.9)