「お前・・・俺が怖くねぇの?」
目の前の少女は大きく首を左右に振った。
そして血に塗れた俺を大きな瞳に映し、血に塗れる顔で笑った。
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もうどんくらい殺したかわからない。
俺の着物は白いはずなのにいつも赤くなる。嫌なくらいふわふわしてる髪だって、今じゃ固まってかちかちだ。
体中が鉄臭くてすげえ嫌だったけど今はさして気にもしない。
毎日こんなことがありゃ気にすることもなくなる。
いつものように天人をぶち殺そうと戦地に赴く途中、天人に襲われていた少女がいた。
俺はすぐさま少女の元へ行き天人をぶった切ってやった。
別にそいつを助けようとしたわけではない。ただ、天人がそこにいたから。
その際、派手に切ったため天人の返り血が俺にべっとりとつく。
不愉快だ。
そう思い眉間に皺を寄せ、刀についた血を振り落とす。
汚ねぇ。ホント、汚すぎる何もかも。
刀を鞘に戻して多分もう逃げたであろう少女の方を向けば、天人を切った拍子に飛び散った血をべっとりとつけた少女が座り込んでいた。
んな汚ねぇとこに座り込むなよなと思い、思わず顔を顰める。
「・・・逃げねぇのか?」
「・・・」
少女は俺の問いに答えない。
ただ俺を見つめるだけ。
それに居心地が悪くなった俺は、少女から目を逸らして用事は済んだので仲間達の元に戻ろうと歩き出した。
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「・・・お前いつまでついてくるつもりだ?」
結構歩いた。それなのに、俺の後ろを歩く音はやまない。
いい加減いつまでも消えない音に痺れを切らし振り向いて、俺の後をついてくる少女にそう言い放つと不思議そうな顔をされ首を傾げられた。
いやいや俺が首を傾げてぇよ。
あの場所から離れたというのに、ずっと無言で俺の後ろをついてくる少女に疑問ばかりが浮かぶ。
何がしてぇのかまったくもってわからない。何より喋らねぇし。
「お前・・・どこまでついてくんだよ」
「・・・」
「いい加減なんか喋れよ」
「・・・」
「・・・っあーもう!!ついてくんならなんか喋れっつの!!」
「っ・・・っ・・・」
「あー?・・・・・え、もしかしてお前喋れないとか?」
「(こくん)」
冗談半分で言えば、それは本当だったらしく少女は俺の言葉に小さく頷いた。
まさかの回答に俺は気まずくなり、ボリボリと頭を掻く。
やべぇ、どうしたらいいんだよこの状況・・・。
困り果てた俺が何かコイツにかける言葉を探していると、
俺より小さい手が俺の汚い手を掴む。
少女の指がゆっくりとした動作で俺の手のひらをすべる。
「?・・・あ?なにやっ・・・え、これもしかして名前書いたのか?」
そう言えば一回頷いた。
少女はどうやら俺の手のひらに名前を書いていたらしい。
一回じゃわかんなかったから、俺はもう一度手のひらに書くよう言う。
「えーっとなになに・・・・・・?読み方合ってっか?・・・おお、合ってんのか。じゃ改めてお前の名前っつーのか」
『』そう手のひらにコイツは書いた。
俺がとりあえず確認で聞けば、こくりと頷く。
それから『わたし、しゃべれなくてごめんなさい』と控えめに書いた。
それからとはしばらく一緒に行動をしていた。
は行くあてもないみたいだし、俺は仲間の元へ戻るのに一人でずっといるのは少しつまらなかったのもあった。
ただの気まぐれだったのか、俺にもわからない。
一つだけ言えることは、といたらちゃんと寝れたということだ。
この戦争が始まってからは睡眠という睡眠は取れていなかったと思う。
でもが横にいてくれると自然に力が抜ける。
この気持ちがなんなのか、俺の何が変わってきたのか、その時は全くわからず、また気付きたくもなかった。
++++
あともう少しで仲間の元へ戻れる。
そんな時ふいに思ったのは、このままを俺達の元へ連れてどうするのだろう、と。
コイツが来たところで俺達に安息が訪れるわけではない。
むしろ逆に、は危険に晒される。
何の力も持たず被害者ではあるが部外者のコイツはお荷物だ。
それは俺達にとっては非常に邪魔なものになる。
そうなったらどうなる?
わざわざ人がいるところで、俺の仲間が俺を見ている中で、俺はを捨てるのか?
その光景を思い浮かべ、ぞっとした。
の絶望した瞳と仲間達の軽蔑の目、もしそれらが俺に注がれたら、俺は・・・ああ、駄目だ。
いつから俺はこんなにも卑怯で、弱虫で、汚い人間になったんだろう。
仲間のいる場所まであと少し、俺はから距離を取った。
この関係をたった一言で終わらすために
「ここでお別れだ、。俺はこれからもっと危ねぇとこに行く。だからお前は連れてけない。じゃあな」
これが俺を守るために浮かんだ唯一の言葉だった。
のためなんかじゃなくて俺のための言葉。
もうこれで終わったと思い立ち去ろうとした時、くいっと引っ張られたのは俺の腕。
『わたしはあなたといっしょにいたい』
俺の手を取りそう書いたあと、こんな汚くて薄汚れている俺に、は微笑んだ。
あぁ・・・改めて知ってしまった。
俺はとことん汚いんだと・・・。
こんなにも綺麗なコイツは、俺の傍にいちゃいけないんだと。
急にひらいた、との距離。
俺が勝手にあけてしまった、距離、だ。
「お前・・・もう俺についてくんな。目障りなんだよ、うざいんだよ。いい加減それぐらい気付けよな・・・」
「っ・・・」
ドンッ、細く小さな肩を強く押せばはいとも簡単にしりもちをついた。
ああ、ほら、コイツはこんなにも脆いんだ。
「お前は俺達についてきたってただのお荷物しかなんねぇ。そんな奴がいつまでも一緒にいたって迷惑なんだよ」
引きつりそうな咽が震えて、自分でも驚くくらい低く掠れた声が出た。
仕方ない、仕方がないことだ。
そう自分に何度も言い聞かせて、俯いてて顔が見えないを見つめる。
どれくらい経ったかわからない。
それは数秒だったかもしれない。
ふいに、が顔をあげた。
俺だけを映すその瞳が、硝子玉のように透き通っていて、何もかもを見透かされてしまいそうなそんな錯覚を起こす。
なんで、そんな瞳で俺を、見るんだ。
なんで、まだ俺のこと見れるんだよ・・・。
その瞳から逃れるように目を逸らした。
悟られてはいけない気持ちを隠すように。
けど、ふいに俺の右手が強い力に掴まれた。
涙を浮かべつつ強い意志の籠もった瞳は俺を捕らえて放さない。
の手を振り払うこともできなかった。
俺の固く握り締めた右手を優しい手つきでがほどき、白い指が手のひらの上をすべる。
きったねぇ俺の手にすべる指はどんなものよりも綺麗なものに感じた。
『それでもわたしはあなたのそばにいたいよ。あなたをたすけたい。なんのちからもないけれど、そばにいたいの』
ふいに熱くなる目頭に、俺は息が詰まる。
言葉までも綺麗で、もう、俺はどうしたらいいのかわからなくなる。
いいよ、いいんだ。俺に構うなよ。これ以上俺に温かさをくれないでくれ。
その言葉だけで俺は救われる。
これ以上、お前と離れたくないと思うのは嫌なんだ。
俺の右手を包むその手を掴んでお前を抱き締められたら、俺は、素直に泣けるのだろうか。
こんなにも汚くなっている俺でも、人のぬくもりを求めていいのだろうか・・・。
いや、・・・・・馬鹿だよな、ホント。
んなこと考えたってよ、無駄だろ。
―――――――だって、
「・・・俺は、いたくねぇよ。・・・はなせ」
の手を振り落として背中を向け仲間の元へ駆けて行った。
ごめんな、ごめん。
握り締めた拳から温かな雫が流れるのを感じた。
じんわりとした痛みが掌全体に広がる。
だけど、こんなの、の痛みに比べたら、俺の痛みなんてどうってことねェ。
一番傷ついて痛くて辛いのは、心なんだ。
もう後ろは振り向けない。
頼むからお前は、生きてくれ。誰かと、幸せに微笑みだけが溢れるところで。
―――――――だって、俺は、人殺しだ。
きみのて。
(俺も君のように温かさを与えられる手に生まれたかった)