「ねーまだー?」
「もうちょい待ってろって」
台所に立つ彼に約5分前も同じ問いかけをした。返ってきた言葉は約5分前と同じセリフ。
カチャカチャという音が絶え間なく聞こえてくる台所ではいい香りが漂ってきている。
彼の後姿をじっとリビングのソファーから見ていると、彼が大きな溜息をついた。
あれ、もしかして失敗しちゃったのかな?
「お前なぁ・・・そんな見られてちゃ作りづらいっての」
「え?見てるってわかったの?」
「背中がむずむずする」
こちらを振り返った彼は呆れ気味にそう言ってまた作業に戻った。
視線だけでむずむずすかってのー。なんて思ったけど口には出さなかった。
きっとそんなことを言ったら最後、彼は自分のしてる作業を絶対やめてしまうだろうから。
それは困る。なんたって彼が今やっている作業は私へのプレゼントのためなのだ。
これ以上彼の作業を邪魔しないため私は彼に背を向けてテレビに集中することにする。
私の彼こと、ユーリはいつもはお忙しい身である。
なんたって彼は、私たちの住む町の警察官なのだから。
彼自身は警官に向いているか向いていないかで言ったら結構向いてないと思うが、なんだかんだ言ってきちんと警官をしている。
当たり前っちゃ当たり前だけど、彼のことをよく知る私としては真面目に仕事してるユーリなんて面白いだなんて思ってしまう。
まあ、それはさておいて、そんな彼は今日はお仕事がお休みということで私にプレゼントを作ってくれるらしい。
ちょうど私も休みだったのでやったー!な気分だ。
ちなみにプレゼントというのは彼の手作りケーキ。でもなんでプレゼントしてくれるのか知らないけどね。
甘い物好きなユーリは甘い物を作るのも得意だ。最初知った時は信じられなかった。
けど、彼が作った数々のお菓子などはお店に出てるくらい美味しくて、気が付けばことあるごとにユーリにはお菓子を作ってもらっている。
そこで、たまになんで警官やってるのかな、なんてふと思ってしまう。
絶対お店開ける美味さだよ。常連客になっちゃうよ。
・・・まあ、そのことも言ったりはしないけどね。
ユーリだってやりたくて警官やっているんだろうし・・・お菓子作りはただの趣味だってわかるし。
というか、ユーリが警官じゃなかったら私たちは今頃こうして一緒に時間を過ごしていることはないだろう。
私とユーリの出会いは私が財布を落として交番に行ったことがきっかけだった。
それから・・・中略、で、現在付き合っている。
私はつくづくついてるなー。こんな料理うまい彼氏とかなかなかいないよね。ラッキー!
そんなことえお思っていると、後ろの方でケーキの焼きあがった音が聞こえた。
そろそろだろうと私はユーリが来るまでひたすらテレビのチャンネルを変えながら待つ。
きっと今回もおいしいよねー!
暫くしてユーリがケーキを持って私の元へやってきた。
うわっうわわ、おいしそーていうか絶対おいしー!
ユーリの持つケーキに口の中で溜まる涎。やばい、クオリティ高いです。
ユーリはそんな私に気付いたのか、微かに笑いながらテーブルの上にケーキとナイフ、お皿にフォークを置いていく。
そしてすべて起き終わり、ポニーにしていた髪の毛をほどき、私の隣に腰掛けた。
「お前見すぎ」
「だ、だっておいしそう!毎回すごいよユーリ!」
「そりゃどうも。でもチョコのなんかじゃなくて悪いな。ありもんで作るとしたらこれしか作れなくてさ」
「え?なんで?私、ショートケーキ一番好きだよ?」
「いや、今日バレンタインだろ」
「・・・・・・え!!!」
ユーリの一言にバッとカレンダーを見る。
じゅ・・・14日。そ、そっか・・・ユーリと被った休みイエーイとしか考えてなかった・・・!
一年に一回のイベントを素通りしてしまうとこだった・・・。
いや、でも、・・・・・・私なんにも用意してないや。
サァーと自分でも顔が青ざめていくのがわかる。
これは、まずい。
「・・・まさか、忘れてる、なんてことはないよなぁちゃん?」
「ええとね、ユーリくん、これにはわけがあるんだよユーリくん」
「どんなわけなんだいちゃんよ」
「えーと、久しぶりにユーリとお休み重なって二人で過ごせるなーって思っててー・・・うん」
「それでバレンタインのことは忘れてた、と」
「はい・・・」
「お前なぁ・・・」
ユーリの呆れ視線に私は苦笑。もうこの際笑うしかない。
私ってば女なのにこのイベントを忘れてたなんてありえないと思う。
でも仕方ないじゃないか!ユーリに会えるってだけでいっぱいいっぱいだったのだから!
と開き直ってしまいたい。
しかし、ユーリが少しだけ不機嫌そうにしてるので私は余計なことは言わず、一言「ごめんね」と言って俯いた。
せっかくユーリは用意してくれたのに、なぁ・・・。
自分の失態に凹んで溜息をもらすと、頭をぽんぽんとされた。
これはきっと顔をあげろということなので、しぶしぶ顔をあげる。
「ユーリ・・・」
「これでも、結構楽しみにしてたんだぜ?からの手作りの菓子とかさ」
「う、ごめん・・・」
「でも、バレンタインなんか忘れるくらい俺と会うのでいっぱいいっぱいになってたんだろ?」
「!え、な、なんで、」
「わかったの、ってか?そんなの、の考えてることならなんでもわかる。好きだからな」
普段は言ってくれないのにこういう時にかぎってさらりと好きと言ったユーリに、ボンッとなるくらい顔が熱くなったのがわかった。
ふ、不意打ちすぎる・・・!
何も言えずパクパクと口だけを動かしているとユーリが小さく噴出した。
それにハッとなって睨みつけると、タイミングよくケーキを渡してくる。
うう・・・本当にユーリは私の扱いうまいよね・・・、自分でもそう思うよ。
とりあえずユーリからケーキを受け取って食べようとフォークを握ると、何故かユーリに止められた。
え、え、ここでおあずけですかユーリさん?
「俺は何ももらってないんだけど」
「え、あ、ええっと、今度会う時に何か作るよ!」
「いや、俺的には今がいい」
い、今ァ!?ユーリじゃないんだからすぐになにか作るとか無理だよ!
そういう意味を込めてじっとユーリを見つめると、ユーリがニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
この顔は大抵私にとっていいことではない。
たらりと背中に汗が流れる。
「なぁ、ちゃん」
「な、なんですかいユーリくん」
「そのケーキ食いたいか?」
「食べたい、です」
「だけど、ちゃんは俺にあげるものがない」
「は、はい・・・」
「んじゃ、どうすっかな・・・」
く、くれないの・・・!?
そう思いユーリに少しうるうるとした目を向けると、今度はふわりと優しく微笑まれた。
それに驚いていて体が固まると、ふいにユーリが私の腰を引き寄せた。
必然的に近くなる体、そして顔。
鼻先がユーリの鼻にぶつかりそうだ。
突然のことで抵抗するのも忘れてきょとんとしてると、先ほどの微笑みとは180度も違う、あのニヤリとした笑みが私の視界いっぱいに広がる。
まずい、本当にまずいと思って離れようとしてももう遅い。
がっちりと腰に腕を回されていて抜けられない。
ああ、ケーキ・・・!!ケーキへと伸ばした手もユーリに掴まれる。
ああ、もうダメだ・・・。
私は観念してユーリの目をまっすぐ見ながら「私、どうすればいいの・・・?」と聞いた。
すると、ユーリがそっと私の耳元へ顔を寄せる。
ちょっとくすぐったくて身をよじったけど、抵抗空しくユーリの色を含んだ声が私の鼓膜をダイレクトに揺らした。
お前の全部を俺にちょーだい。
そう耳元で甘く囁かれた私は、この後ケーキわーいどころではなくなったのは言うまでもない。
Happy Valentine!